これはサモアの酋長ツイアビさんが欧州留学をしたあと、その印象を椰子の葉に書き留めたものの一部です。

「パパラギには貨幣と紙幣が何より大切。パパラギはこれが無ければ生きられないし、死ぬこともできない。

ヤシの木は実れば実を落とすことで栄えるが、パパラギは不思議だ。パパラギはいくら実っても決して実を落とすことはない。パパラギは決して栄えないだろう。

沢山持つ者が持たない者に与えることは当然だがパパラギは不思議だ。パパラギは近くで飢えて死ぬ者がいても決して与えないし、そのことは尊敬される。パパラギには生命よりもお金が大切。

パパラギは考え過ぎて今を生きていない。仮に舟に乗ったとすると、「いつ着くだろうか」仕事はうまく行くだろうか」「うまく行かなければどうしよう」などで頭がいっぱいだ。今しか生きられないのに、先のことを心配ばかりしている。

パパラギは時間に追いまくられて生きている。いつも「時間がない、時間がほしい」と嘆いている。時間はいくらでもあるのに自分で時間を失いながら、あとどのくらい生きられるかを数えて、さらに慌てる。

パパラギは我々に光を与えると言う。しかし実際には我々を彼らの闇の世界に引き込もうとしている。決して彼らの呪われた白い手やお金に触れてはならない。」

これを読んで私は、今までは当たり前のように思っていたことが、そもそも根本的におかしいのかもしれないと思いました。

本当の豊かさとは何か、もっと考えなくてはと思います。

やっぱりお日様がポカポカしてると、心が明るくなりますね。

掃除に洗濯何やかや、朝からバタバタ動いていました。

そのあと猫と一緒に日向ぼっこして、テレパシーで会話したり(笑)
散歩して産土神様にお参りして。

こういう何でもない日も好きなんです。

この不況のさなか三食食べられて、帰る家がある…こうして生活出来るだけでも、充分幸せなのかもしれません。

自然に生かされていることに感謝しています。
子供の頃から、妙に悟ったような子でした。
小さい頃から人の邪気に敏感で、相手が私に向ける攻撃的な思念を受けて、それから逃げるようにずっと自分の殻に閉じ篭っていました。

何故人は人の悪口や噂をしないといられないのかわからなかった。
何故人は人と争わないといけないのかわからなかった。

何故人が人を傷つける嘘をつくのかわからなかった。

人がずっと怖くて、人に距離を持って生きてきました。

もの言わぬ自然や動物のほうが、私には近い存在でした。

小さい頃から不思議なことが大好きで、本の世界に入り込んで空想ばかりして過ごしていました。

その自分の世界がなければきっと今まで生きてはこれなかったと思います。

周囲から自分を否定されるうちに、段々自分をも信じられなくなって、いつもビクビク怯えて生きてきました。
人の気持ちに敏感過ぎて、自分の気持ちを抑えてしまい、自分の思っていること感じたこと、言いたいこと殆ど言えなくて、陰に隠れて目立たないようにしていました。

自分を信じていなかったから、人に自分をわかってもらおうとは思わなかった。

いつも自分を責めて周囲で何か悪いことが起るたびに、自分のせいだと思っていました。
自分でさえ自分を信じられないしわからないのに、人が私を信じてくれる筈がないと諦めてしまっていました。
でもそれは私の思い過ぎだったと、去年の出会いでやっとわかってきました。

私は相手の気持ちではなくて、自分が勝手に想像した相手の気持ちに反応していたんだと。

そう思えるようになってからは、大分気持ちが楽になりました。

そう考えるようになってから、人があんまり怖くなくなりました。
皆悩み苦しみ抱えて生きている。

自分だけが苦しいわけではない。

人が自分の思い通りにいかなくて当たり前。
悩む暇と時間があるだけ、私は幸せだったのです。