「自分」とは。 | In My Place

「自分」とは。

アメブロ、始めました。

ついに!ってやつですな。

今さらってやつですか?


で、始めるにあたり、最初にプロフィールやらなんやらって絶対あるよね。
これ、ホントに面倒くさい。

自分のプロフィールや性格をパソコン・ネット上に保存できないものか。
そしたら毎回書かなくていい。
もちろん、個人情報が特定できない範囲で、よ。


とか思いながら、登録してたんだけど、

長所・短所・趣味・特技。

なんだかね、短所ばっかり浮かんでくる。
長所もモチロン浮かぶんだけど、
「これ見られたとき、周りから“お前それ違うやろー”とか思われねぇかな」
「ホントにこれオレの長所かなぁ」
って考えたりする。

以前、テレビ(確かめざましテレビ)で
日本人は他人と比べる癖があり、自分を低くみてるって言ってた。

他国の人たちは自分に自信がある人が多かった。
中には、私は100点だっていうおデブさんもいたくらい。


ナンバー1じゃなくていい。
もともと特別なオンリー1。

ふと口ずさみました。


もっと、自分を見つめ直して、「こんなに輝いているオレ」を探します。

まぁ、でもホント、自分が自分であっていいんだ、って強く思えてる人は
楽しそうに生きてると思う。



「自分」ということを考えてると、
ふと前に言われた言葉を思い出した。


『あなたは何のために生まれてきたの?』


その時オレは、それは生きてく中で考えるんよ、って答えた。
生まれたときはゼロ。お父さんとお母さんの愛で作られたのであって、
「自分」というのは生きてく中で「自分」で作るものだ、って。

その人は、
それは違う。何らかの目的があって生まれてる。
「●●●をしなさい」という使命を受けて生まれてきた。
と言ってた。

それは、特別なことじゃない、「努力しなさい」とか
そういうことらしい。



まぁねー、でもそんなこと言ったら、みんなそうじゃん!
って思って聞き流したけど、そういう風に思って生きてると
自然と努力しようと身体が動くのかなぁ、、と思えてきた。

そう思えてきたのは、オレが努力してないからかね。



自分は自分がよく解ってるね。

さて、この日記も終わりが見えなくなったから、
ここで終わり。

終わりがないから終わろうか。

始まりがないから始めようか。

ご飯が食べたいから食べようか!