9月16~19日の間
福島県南相馬市へボランティアに参加させていただきました。
前々からずっと行きたかったですが
いざ行くとなると不安がこみ上げてきました。
何かの役に立ちたい
でも何ができる?
その繰り返しの中で
もやもやしたまま
被災地へ行きました。
その中で感じたことや
あったことを
かいてみます。
広島駅から
バスで16時間
現地のボランティアセンターに到着
不審者と疑われぬよう
ボランティア証明書をもらいました
広島と同じくらい暑い。 
仮設住宅に到着。
ここに着く途中にも
たくさんの仮設住宅がありました。
各仮設住宅の集合体には
少しでも住んでいる方々が集まれるように
一軒だけ集会所があります。
その中にはテレビや机、キッチン
テレビ電話などもあり、気軽に健康チェックもできるようでした。
今回のボランティアの内容は
瓦礫撤去などではなく
仮設住宅に住んでいる方々との
交流が目的でした。
問題とされているのは
仮設住宅の中での孤独死が増えているということです。
身寄りのないお年寄りは
仮設住宅に連れてこられ
なかなか家から出て来たがらないようです。
そこで集会所を使って
お好み焼きの炊き出しと
”うた”を使って交流させていただきました。
正直、直前まで被災地でうたを歌うことに対して
かなり抵抗がありました。
しかし、被災者の方と触れ合ってみて
元気を与えに来たはずの僕たちは
逆に沢山の元気をいただき
ちょっとしたものではあったけど
演奏させてもらいました。
みんなで歌えるような曲も用意して。 
お話した被災者の方で
小学生の女の子が
可愛らしいお手紙と一緒に
こりらっくまをくれました。
麻衣ちゃんに。
うらやましかった。
その日は中学校の体育館に泊まりました。
校舎の中にはまだ仮設住宅に入れない人たちが生活してました。
にもかかわらず!
9月25日には学校側も授業を再開させたいらしく
避難されている方は出ていかなければならないみたいで
別の避難所に行くみたいだけども
この期に及んで酷な話だった。 
廊下には洗濯機がずらずらと置いてあり
そのひとつひとつに赤十字社のシールが貼ってありました。
仮設住宅もそうだけど
義援金がちゃんと形になっていることを
この目で確かめることができた。
校庭では重機が
除染作業をしていた 
学校開始には間に合わないらしい。
南相馬市には
原町火力発電所があります
これは東北電力の発電所になります
3.11の被害により油漏れによる火災が発生。
揚炭機全4機が破損し、8万トン級の石炭船も沈没。
現在も復旧のめどはたっていないそうです 
その近くをバスで通りました
草が生い茂っていて
草原のようでした。
半年前まで町があったんだと
想像しにくい景色でした。 


とても短い期間だったので
役に立てたのかどうかわかりませんが
自分の目で見て
肌で感じて
言葉を交わしたことは
忘れることはないです
今までとは
明らかに何か違う
3.11を
もっと身近なものとして
考えられるようになりました
まだまだ問題は山積みで
助けを求めている人は沢山いる
そりゃあ自分ひとりじゃ
何もできないけど
だからって考えるのさえ
やめちゃったら
―――。
今にも泣きそうな顔のおばあちゃんが
”まだ私たちのことを覚えていてくれたんだね、ありがとう。”
って言ってて
遠くから来た僕たちのことが
嬉しかったのだと思う。
”また来るからね”って
言っちゃったから
春ぐらいにまたいきたいと思います。 