夜中に母が発熱した。
母は普通の体ではなく、アルツハイマーという病気にかかっている。
医学的なことはよくわからないが、痛みや具合の悪さを感じとることが出来ないらしく、以前にも転んで脱臼しているのにケロッとしていたことがある。
そんなわけで、今回も普通に起き上がり歩こうとする。そしてふらついて転倒するので目が離せない。
夜半から熱がますます上がり39度近くになった。
救急車を呼んだ。
救急車を呼ぶ前にいくつかの病院に電話をし、打診をしたがどこも病床に空きがないと断られた。
いつかテレビで見た"たらい回し"をふと想像した。
そうこうしているうちに時間はどんどん過ぎていき、呼吸の荒くなった母の容体の変化に家族の不安も高まる。
結局救急車を呼び、救急隊員の方と病院捜しをすることになり、飯田橋の厚生年金病院への搬送が決まった。
ドクターは親身に相談に乗ってくれたが、介護と医療は明らかに別のものであることを痛感した。
母は今自宅に戻り家族が看護にあたっている。
いつなんどき、急変が起こっても対応出来るような備えだけは整えた。
そもそも母がアルツハイマーとわかった段階で我が家は家族一丸で母を介護するために、思い切って今の家に転居を決めた。
それは母自身のためでもあり、また家族が日常を円滑に送るためでもあった。
しかし、そこに"病気"は想定外だったかも…。
今回は教訓になりました。即、先を予想しある程度の布石をしました。
そしてこんなにこんなに慌ただしい中でも、私は走りました。と言ってもジョギングですが…。
病院までの2往復。汗ばむ程度に走りました。
aikoのiPodからはいろいろな曲が流れてきましたが、♪オレンジな満月~♪花火を聞いて元気になりました。

写真はジョギング中に偶然通り掛かった"袖摺坂"。道幅が狭く、通る時にすれ違う人と袖が摺れたということから付いた名前だと書いてありました。
「袖摺り合うも多少の縁」です。
母は普通の体ではなく、アルツハイマーという病気にかかっている。
医学的なことはよくわからないが、痛みや具合の悪さを感じとることが出来ないらしく、以前にも転んで脱臼しているのにケロッとしていたことがある。
そんなわけで、今回も普通に起き上がり歩こうとする。そしてふらついて転倒するので目が離せない。
夜半から熱がますます上がり39度近くになった。
救急車を呼んだ。
救急車を呼ぶ前にいくつかの病院に電話をし、打診をしたがどこも病床に空きがないと断られた。
いつかテレビで見た"たらい回し"をふと想像した。
そうこうしているうちに時間はどんどん過ぎていき、呼吸の荒くなった母の容体の変化に家族の不安も高まる。
結局救急車を呼び、救急隊員の方と病院捜しをすることになり、飯田橋の厚生年金病院への搬送が決まった。
ドクターは親身に相談に乗ってくれたが、介護と医療は明らかに別のものであることを痛感した。
母は今自宅に戻り家族が看護にあたっている。
いつなんどき、急変が起こっても対応出来るような備えだけは整えた。
そもそも母がアルツハイマーとわかった段階で我が家は家族一丸で母を介護するために、思い切って今の家に転居を決めた。
それは母自身のためでもあり、また家族が日常を円滑に送るためでもあった。
しかし、そこに"病気"は想定外だったかも…。
今回は教訓になりました。即、先を予想しある程度の布石をしました。
そしてこんなにこんなに慌ただしい中でも、私は走りました。と言ってもジョギングですが…。
病院までの2往復。汗ばむ程度に走りました。
aikoのiPodからはいろいろな曲が流れてきましたが、♪オレンジな満月~♪花火を聞いて元気になりました。

写真はジョギング中に偶然通り掛かった"袖摺坂"。道幅が狭く、通る時にすれ違う人と袖が摺れたということから付いた名前だと書いてありました。
「袖摺り合うも多少の縁」です。