お久しぶりです黎です、久しぶりに帰ってきましたー照れ
あれから姪っ子はスクスク育ち3歳になりましたし、この十一月に甥っ子が生まれました(●´ω`●)
私はと言えばこの何年かで仕事が変わったり職場が閉店したり、そして軽度の視覚障害者になってしまいましたポーン
見た目は普通なのですが、本人の両目は歪みと多少の視野欠損に視力も弱く、小さい文字は一部見えないし色素の薄い文字は完全に認識が出来なくなりました。
今は大学病院に月一通ってまして、お目目に2回ほど注射をぶっ刺しました。

黄斑変性症

と診断されたのは今年六月下旬のことでした。
初めは偏頭痛の延長線かと、チカチカしていた訳ではありませんが小さい光が視界にずっと目の前に留まり見るものを隠してしまって、左目に至っては数日間痛みがあったのでそうかと思い内科に行って偏頭痛の薬を頂いたものの光も痛みも消えることなく、いよいよ危機感持って眼科に行きましたらそういう病気かもしれないから、と大学病院を紹介されました。
その間で目の前はどんどん歪んでいき、人の顔や掲示板など読めない、見え方も対照的になったり右目は薄暗さを増し暗がりでの文字認識や読み書きさえまともに出来ないところまで行きました。




強度の近眼による若年性黄斑変性症

物を見るにあたって大事な、目の奥にある『黄斑』という部分に血管が生えて、左目は出血、右目は炎症を起こしていました。

目の奥の事なので手術は出来ないらしく、治療は高額な上脳に血栓が出来たり心臓病や腎臓病を引き起こすリスクを背負っての注射だけ。完全には治らないのにそんなリスクを負ってまで治療するべきか、それはそれは悩みました。

ましてや白目に注射とかそんな恐怖体験したいわけもなく、ただただこんな病気になって周りに迷惑をかけて、両親や姉をがっかりさせた罪悪感にも苛まれ、仕事さえも出来なくなるかもしれない、二重三十にも抱えきれない不安と絶望とで、悩んでる間にも事態は更に進行する現実に一時死にたくなることもありました。夜はそんなことを考えながら泣き寝入る毎日でした。

注射での治療を決意したのはかかりつけの眼科で見ていただいた時、それまでもほかの方法で何か治療出来ないかと探していたけれど当たり前に見つからずもうどうしようかと思っていたら

『後2、30年は使う目だから。後々後悔するより今治療しといた方が絶対にいい』

と背中を押してくれたからでした。
そこで覚悟を決め、2回、片目に1回ずつ治療を受けました。
どんな方法で、とか、感想は?と言うのはこれから目の治療をされる方の為に伏せておきます。
ただ一回目の時は流石にガチガチに緊張しまくって終わった瞬間震えながら泣きました。怖かったですよ結構。

現在の視力は戻りつつあります。ただし一部血が固まっている左目は歪みと欠損が有り、右目は歪みや暗がりにぼんやり感が増しつつあります。





文字は書けるまでに回復したものの、細薄い文字や薄い色素の文字、遠くのものはほぼ認識するのが難しいです。やはり人の顔の認識も時間がかかります。

不便な事と言えば全てにおいて判断が鈍くなること。
冒頭でも言った通り見た目は普通なので、自分にしか分からない症状を明確に周りに説明出来ないこと。出来ることもそれなりにある為『なんだ、大丈夫じゃん』と軽んじられてしまうこと。
例えば幽霊を見た人が自分にだけしか見えてなければそれを周りに伝えた所で見えない見てない人にどう説明したって分かるわけがない。それと一緒です。見えないせいで作業もモタモタ、その後で目の事を説明しても言い訳にしかならないし余計にイラ立たせてしまうと考えてしまいま
い不安になります。
そんな現実がとても辛い。
かと言って生活もあるので辞めるわけにも行かず、自分を奮い立せて私は今いっぱいいっぱいになりながらも日々頑張っています。

因みに障害者手帳は症状が固まらないと診断書が頂けないとのことで、大学病院での診察が終わり次第申請します。
患った当初はなんて病気になったんだと思いこそすれ、失明間近だったとは言え、現在盲目の危機は去ってくれただけでも儲けもんと前を向くことにしました。
いつまたどうなるかも分からないけど、その時に後悔だけはしない為に今やれることを精一杯やって生きます。

最後に、黄斑変性症がどんな病気なのかについて説明を足しておきます。
この見た目じゃわからない病気がもっと理解されますように。

黄斑変性症の症状について

また機会があればちょこちょこ日常の事を書きに来ます。またお会いしましょうキラキラ