​ 観るチカラを、生きる糧に。 ー SCREEN(私設)研究所 -190ページ目

​ 観るチカラを、生きる糧に。 ー SCREEN(私設)研究所

観る映画が、あなたの、わたしの、人生のヒントになる。
ここは、SCREEN(私設)研究所。

潜在数秘術×映画で
「観る」ことと心の関係を
映画を通して読み解いていきます。





↑ 松島。兄と。2年生ぐらい?
かろうじて笑ってる(ぽい)

唯一の家族旅行・・・と思ったがこの頃、ウチには車もカメラもないぞ
確か、叔父か、年の離れた従兄弟が一緒だったな。



そして、この頃には父は左足を怪我して膝が曲がらなくなってる。
(それでも器用に自転車乗って釣りに出掛けちゃう人でした)


二年に一回ぐらい、外科内科問わず、病院のお世話になってたよね>お父さん
そのくせ、家で療養中ヒマすぎると言ってはペット?をあれこれ飼っていた
(父のペット遍歴は多すぎるのでw別記事にしてみる)
そりゃウチ貧乏にもなるわね。


家の中は相変わらずの荒れ具合
そして我が家は年中行事のない家でした
(以下の写真はすべてネットから拝借。だってないんだもん。)



↑ こういうのもなく


↑ こんなのとか



↑ こんなのもなく


↑ 餅はついたけど(ウチに杵ありました)



↑ お祝いはしなかったねぇ
(ワンちゃんは関係ありません)



↑ 当然、こういうのもなかったね。
 クリスマスとか、ホント町とTVの中が賑わう意味が分からないくらいw
 なかったわ~



なんだろう

毎日を楽しむ方法

みたいなことは
全くと言っていいほど
教わることがなかったかも。

あんなに長い時間
何して生きてたんだろう?

子ども時代の不思議だ。笑(つづく)▷▷センセイたちと、できない勘違い▷









アイオワの片田舎で
農家を営むレイは
ある日
声を聴く



 If you build it, he will come.
 “それをつくれば 彼はやってくる”



辺りには誰もいない
あるのはトウモロコシ畑
遠くには電柱と夕暮れ時の空が拡がるばかり
聞こえるのは
トウモロコシをゆらす風の音だけ


…のはずだ。
家の前でくつろぐ妻と子に呼びかけても
「何も聞こえなかった」



だがその後も、声は
何度となく彼に響き
その度に彼はつきうごかされ、ついに
畑をつぶして野球場をつくった。



「畑に野球場をつくったら
 シューレス・ジョーが来るってことだ」



…シューレス・ジョーは
1951年に死んだ野球選手

理屈に合わない
へんな話

それでも
確信を持った彼は
ひと冬を待ち続け



野球場の維持ができないと頭を抱えた頃
そこに佇む人影を見る



グローブを手にしたユニホーム姿の男
近づくと
彼は
ジョー・ジャクソン
と名乗った


1919年
ブラックソックス事件で
球界を追われ

1951年
亡くなった
“シューレス”ジョー・ジャクソン


その人だった。





野球はいい
と静かに喜びを噛みしめるシューレス・ジョー
「ここは天国か?」
とレイに聞く

「いや
 アイオワだ」



…その後も
レイは“声”を追って
ボストン
ミネソタと旅をし


エベッツ球場でドジャースと野球をする夢を語り
今は隠遁生活を送る
60年代を代表する作家
テレンス・マン


22年 NYジャイアンツ
メジャーでただ一度
1試合1イニングだけ出場し引退

親の後を継ぎ医師となって
16年前に死んだ男
アーチー“ムーンライト”グラハム



二人を連れ
アイオワへ戻ってくる




球場には
同じ事件で追われた8人の仲間と
沢山の野球選手がやってきていた
嬉々として投げ
打ち
走る姿

グラハムもそこに加わり
試合をする




家と土地の抵当権を持つ義兄には
彼らの姿が見えない

借金だらけのレイに
土地の売買契約書を手にサインを迫る
…彼が
それを断った時


 If you build it, he will come.
 “それをつくれば 彼はやってくる”



レイの前に現れたのは
マイナーで12年プレーした
ジョン・キンセラ



レイは
シューレス・ジョーに聞く
「君の声か?」

ジョーは答える
「いや、君の声さ」




妻と死別し
男手ひとつでレイを育て

おとぎ話代わりに野球の話を聞かせてくれた
レイ自身が
17歳からずっと顔を見ることなく
別れた父



マン
グラハム
キンセラ

3人の男と
彼らをつないだ
トウモロコシ畑の中の野球場




父が聞く
「ここは天国かい?」

息子が答える
「いや
 アイオワだ」





レイは気づく
ここが天国かも
ー 夢が叶う場所 ーだと



そして
皆がやって来る…

長い年月
変わらなかったものを求めて






それは
夢を叶えたいという
人の想い。

ゼロからイチを
つくるもの。




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ビジネスは ゼロからイチをつくる
その、いいお手本だなぁ、と感じます。
 
 
 
実際、彼が町の人たちが冷笑する中
トウモロコシ畑を潰して野球場をつくる
…ほんと、ゼロからイチだよね。
そこに、確かなものなど何もない。

ただ、彼の中には「これをつくれば、」という確信がある
 
 
そして、その通りになり
沢山の人を巻き込んでいく。
 
 
 
ゼロからイチを、つくろうとしているすべての人にお勧めします。
変わらないもの、それは人の想い。






【ロードムービー:road movie】
映画のジャンル。いずこかへの旅の途中で起こるさまざまな出来事が、映画の物語となっている
歌舞伎でいう「道行」(みちゆき)にあたる





仕事は順調
正月はハワイと決めてた男
祖父から両親の供養を勧められる


7年前、アイスランドで亡くなった、父と母。



「冗談じゃない
 やっとこの寒い東京から抜け出せるんだよ」
と祖父には冷たく言い放ったのに
なぜか
上司へ一週間の休暇延長を申し出る



アイスランド・・・スクリーンは
東京の狭苦しさから一転
見渡す限りの雪と氷の世界に変わる


ブルー・ラグーンでのんびり温泉につかる観光客たちを尻目に
タクシーでまずレイキャビクを目指すが
道中は何やら不可思議なことだらけ。



客を乗せてるのに
「ちょっと用を…」とタクシーを降り
待てど暮らせど戻って来ないタクシー運転手



雪と風の中をひとり歩いているとトラックに拾われる
荷台には大勢の男達が立ち乗りしていて
賛美歌を合唱してる



やっとホテルにたどり着けば
怪しい女に車を売りつけられる
海のそばで凍り付いてる中古のシトロエン
ドアノブは取れ
一度鳴り出したラジオは
止められない




葬式収集家の女を乗せれば
当然
知らない家族の葬式に参列させられ
墓堀男のひとり言を聞き
何故か写真まで撮られる羽目に




途中動かなくなる車で
寒くひもじく一夜を明かす

朝
耳をつんざく奇声?を発する
少女の姿を見る

その声を合図に
エンジンがかかるシトロエン




途中で拾ったアメリカ人のヒッチハイカー二人は
突然強盗に化け
車は奪われ
分かれ道で放り出される




途中
何度となく聞かれる
「アイスランドはどうだ?」
彼は何度となく答える
「わけがわからない」





…わけがわからないまま
極北カウボーイの街で羊コンテストの席
ある老人と出会い
彼を頼りに
両親が亡くなった川を目指す。
「オレはハワイに行きたいんだよ」
と言いながら。



導かれるというのは
こういうのをいうのだろうか。

ハワイに行きたいと言いながら
雪のアイスランドを淡々と旅していく男の姿は
父と母の辿った道を辿り行く
子どものようにも見えてくるから不思議で。



ひとたび街を離れれば
荒涼とした
雪と山と風と氷と
蒸気を吹き上げる炎の世界




目的の地へガイドする老人が言う
「日本もアイスランドも島国 火山や湯の流れる川がある
 死ぬと体は冷たくなるので
 霊魂だけは地上で暖まってるのさ
」



  霊魂だけは、地上で暖まってるのさ

彼の
「生きてる間に、親父とお袋に何もしてやれなかった」
という想いの温かさは
アイスランドの地の“温かさ”と
同じなのかも。





地吹雪ばかりが目につく景色だけど
ちっとも寒々しさを感じない
そんなロードムービーです。





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…実際は、まぁ結構寒いんだろうと思いますけど(^^;




ランドセル時代に、家族と自分自身について強烈に思い込んだことと、そのきっかけになったできごとがあります


学校から帰って、外で真っ暗になるまで遊んで
家に帰ったら、家から閉め出された
という、子ども時代に一度はありそうなことですね。
皆さんも、そうして怒られた記憶、あるんじゃないでしょうか。


そこから数十年経っても 私の中では強烈な思い出と思い込みのままだったので、私の中ではまぁ相当なものだったみたいです(^^;


小学校の3年か4年くらいの頃。
後年受けた、メールカウンセリングで記述した文章をそのまま載せます。


☆★☆ ---------- - - -


こどもの私は遊びに夢中で、気がついたら辺りは真っ暗。

急いで家に帰ったけど、玄関はカギがかかっていて入れない。トントン叩いても誰も気がついてくれない。
茶の間の方を伺うと、父の怒鳴り声が聞こえてくる
「家に入れるな」

仕方なく、玄関の外にしょんぼり立っていたら、しばらくしてカチャカチャ音がして扉が開いた。
母は何も言わない。
後をついて茶の間へ行くと、父と母と兄がごはんを食べてた。

父はずっと怒鳴り続けている。私のことは見ずに、母の方だけを向いて、母に向かって怒鳴り続けている。
母は「あんたが帰ってこないからお母さんが怒られる」とこぼす。

「ごめんなさい」と言っても、母も父も、私のことは見ていない。
もう一度声を振り絞って「ごめんなさい」と叫んだけど、父の怒りは収まらない。
兄はといえば、何も見えていないかのように黙ってごはんを食べている。

私は どうしていいかわからず座ったまま、じっとしている。
父は、私が暗くなるまで帰ってこないことを「母のせい」と決めつけてなじり続け、最後に母に向かって「(私を)叩きつけてやれ」と繰り返し怒鳴り続けた。
母は、堪えきれなくなって、私を叩いた。怒鳴りちらした。


痛かった。すごく痛かった。声をあげて泣いた。
胸の中は怒りとやり切れなさで渦巻いてた。



- - - ---------- ☆★☆


・・・いま改めて見ると、なにやってんの?って感じなんですけど(笑)
この後、父はさらに母に向かって「お前が叩いた」と声をあげ
叩いた母と、叩かせた父は、終わりのない言い争いを続けるという・・・



こんな思い出と、色々できないことを思い知らされる学校生活で
子どもの私が思い込んだことは


 できない私はダメなヤツ
 私の気持ちを聞く人はいない




大きくはこのふたつ。
よく不登校とかならなかったね。
あ、自宅が居心地悪すぎたからねw




…オレ、ソンナニダメ?
(我が家にネコはおりません)



それなりに、面白いこととかもあったんですよ。
次はそれを書くね。(つづく)▷▷年中行事のない家▷



小学校の、入学式


式は覚えてないけど
自宅から小学校まで、約1km 母に手を引かれて歩き
道端に小さな花を見つけたこと 覚えてます。
紫色の、小さな花。



↑ こんな感じの。


思えば、お母さんの手の温もりを感じたのは
あの時が最後だった気がする。



写真を見ると想像がつくと思いますが

(2歳の頃の写真はこちら)

私を産んだ時、母は40歳
授業参観は、決まってイジられました。
「おまえんち、ばあちゃんだろ?」って。


私は、一番小さくて
並ばされるといつも、一番前。
2年生の時、体重22kgで足のサイズも22cmだった
(誕生日22日だから、ゾロ目続きで覚えてた)


「足が大きいから背が伸びるよ」と言われても、さっぱり伸びなかったな。
見上げるほど大きな子たちと、同じ給食と、同じ体育の時間


食べきれなくて、残すのも許されなくて
お昼休みはなしで
みんなと同じに出来なくて、何度もやらされて
恥ずかしくて。

苦痛だった。

かけっこ、跳び箱、逆上がり、水泳
全部できなかったなぁ。
ボールは、手で受けられず顔で受けてたし。笑
(・・・今なら、ただのネタなんだけどね。)



一年生の時は、明らかに
ランドセルより、背中が小さかったもの(笑)
そして、帰り道は決まって、同じ子にいじめられてました


クラス全員から無視されるとか
そういういじめじゃなかった分
いまどきよりも のんびりしたものだったかもしれないけど
当の本人はキツいよね
毎日だし。



そして家に帰れば
今度は父と母がやり合う姿と言葉と声を 見て聞いてるという。
自分の話を聞いて欲しくて話しかけても、二人はスルー


・・・なんだか、結構平和だった世界から
どこ行っても、何かが「合わない」実感だけを持つ
そんな世界に入っちゃってたね。
大きすぎるランドセルと一緒でね。(つづく)▷▷できない私はダメなヤツ▷