秘蜜の置き場 -6ページ目

秘蜜の置き場

ここは私が執筆したデジモンの二次創作小説置き場です。オリジナルデジモンなどオリジナル要素を多分に含みます。

Episode.20 "Re:Pairing"




 いい加減に痺れてきた尻を渡は隠れるように後ろ手で擦る。数十分座っていても他所の家の木造椅子には慣れないものだ。別に拘束されている訳でもないのに腰は一ミリも上がらない。テーブルに置かれた麦茶にも手を出せず、落ち着かない視線は戦場を把握するために目まぐるしく動く。
 シンプルな食器棚には飾り気のない食器が並び、その中段に置かれたレンジは熱を失ってから久しい。隣の冷蔵庫にはスーパーの割引チラシが貼り付けられており、書いてある日付が今日でなければと何度思ったことか。
 流し台でUターンしようとした視線は無意識にコンロまで到達し、そこで忙しなく動く少女の背中に固定される。それほどにシャツとショートパンツの上にエプロンをつけた姿が様になっていた。というより着慣れていた。無駄のない動きで彼女がこのキッチンをどれだけ使っているかが分かる。

「ほら、出来たよ」
「ああ……うん」

 椅子から一歩も動けない渡の前に置かれたのは二枚の皿に盛られた海鮮塩焼きそば。エプロンを置いた少女――小川真魚は正面の椅子に座り、両肘をついて渡を見つめる。居心地の悪いその視線から目を逸らすこともできず、渡の背中には嫌な汗が絶え間なく流れていた。

「ほら、食べないの?」
「……なんのつもりだ?」

 パトリモワーヌでの予期せぬ再会から何をどうして彼女の家に招かれて手料理を振る舞われているのか。「ウチ来る?」なんて言われて素直についてきている自分も自分だが、それ以上にそんな自分を気軽にアパートに招く真魚の行動が渡には分からなかった。今日は親の帰りも遅いと言われたのが僅かな心の拠り所になると思っていたがそんなことはあるはずもなかった。

「お腹空いてたんでしょ。出会って早々お腹を鳴らされたら言いたいことも引っ込むって」
「忘れたかった……忘れてくれ」

 ぐうううう~。そんな間抜けな音が自分の腹から鳴った記憶を思い出して、渡の居心地はさらに悪くなった。空腹なのは本当で家族に夕飯は不要だと既に言ってしまっているので無駄な金を使わずに腹を満たせるのはありがたい。

「冷めないうちに食べたら。味には自信あるから」
「いや……でも……」
「じゃ、取引しましょ」

 それでも渡が何の見返りも無しに施しを受けられる性分ではないことは真魚も分かっているはず。ずっと背筋にこびりついてた寒さの正体がそれだということに渡はようやく気が付いた。

「食べながらでいいから渡の口で教えてよ。あんたがどれだけ無様に敗北したかを」

 そう意地悪く笑った後に口にした「いただきます」という言葉が、渡の耳には嫌に粘っこくこびりついた。




「モンスターを作ったのは未来のあんたで、Xの正体はその責任を取ろうとした孫だった。コミュニティの中にはいい子ちゃんの孫の方についた連中も居て、あんたが自棄を起こして残った連中引き連れて真正面から戦った結果がこの様って訳ね」

 汚れを洗い落とした皿を乾燥機に並べながら真魚は鼻歌のように、弟切渡が辿った顛末を要約する。未来の人類を危機に追い込んだ原因は自分で、X――弟切拓真はその尻ぬぐいをしているだけ。ルートに味方している連中は彼らを敵に回してでも願いや望みを叶えるために我を通していた。――その中で自分だけは代償行為などという後付けの理屈でXの敵になろうとした。その段階で弟切渡の戦いの結末は最初から決まっていたのだろう。

「どうだ。笑えるだろ」
「あんただけが無様になってたならね。バイト先まで潰されたら流石に笑えない」
「……巽さんがやられたのか」
「らしいわ」

 巽恭介の暗躍も感づいてはいた。それでも見逃していたのは彼を含めて巻き込んだトラベラーに対する気後れで、その中途半端な姿勢が彼の末路を決めてしまった。今の渡にはそうとしか考えられなかった。

「そうか……いや……俺のせいだな。本当に悪かった。どう償えばいいかももう分からないけど」

 最後の言葉は自分でも分かるほどにか細く、自然と視線は落ちて無地の机の一点を目的もなくただ見つめる。処刑人の前に首を差し出した罪人のように、対面の机に座った真魚の反応をただ待つ。

「ふざけんな」
「あだっ」

 おでこに響く軽い衝撃。反射的に出た声とは裏腹に後に残る痛みは一切ない。ただ折れ曲がった背筋は伸ばされて、呆れかえったような真魚の視線の矢面に立たされる。そこには罪を咎める意思も無いどころか何の期待も籠ってはいなかった。

「私に謝るのは筋違い。罪悪感なんか勝手に抱えて潰れてろ」
「ああ……その通りだな」

 安易な許しすら与えない厳しさが今の渡には寧ろありがたかった。ここで罵倒されるならまだしも「自分のせいではない」と言われでもしたら、食べたばかりの焼きそばをぶちまけていただろう。

「いや、ちょっと待て? なんで真魚がそんなことを知っているんだ」
「どこぞの眼鏡に散々聞かされてたからよ」
「鈴音さんが?」
「ええ。それはそれはとっても楽しそうにね」

 容易に想像できる姿に頭が痛くなる。真魚なら乗ってくると分かったうえで、嬉々として話を持ち掛けてきたのだろう。どう転んでもおもしろい実験と称して。或いは確信を持っていた上での確認事項として。

「今さら俺が言うのもなんだが大丈夫だったか?」
「なに。脱落者らしく手痛いペナルティでも喰らってればよかったとでも」
「俺も自分はそこまで性格は悪くないと思ってるが」
「同感。あの人に比べたらあんたは随分マシよ」

 元々トラベラーとして無関係な現代人に口外することは両者を巻き込んだ強制的な転送という形でのペナルティが設定されていた。口外する理由もなかったため頭の片隅に置いておくだけのルールだったが、リタイアして記憶を保持した人間に対しては明記されていなかった。
 そもそもモンスターだけが排除されてトラベラーだけが現代に送り返されるケースなど想定していなかったのだろう。ましてやそのレアケース二人が情報交換するケースなどルートはその可能性すら浮かばなかったらしい。

「知ってたならなんで話させた」
「言ったでしょ。『渡の口で聞かせてよ』って」
「やっぱり俺の性格はいいんだな」

 「お前も大概いい性格をしているな」と言いそうになるのをぐっと堪えてその言葉を選べた事実こそが、が急に芽生えた自己肯定感の高いその発言の証明だ。ここまでコケにされると笑うしかなくなり、地の底に埋まっていた自尊心も「ああはなりたくない」と墓から這い出て二度目の産声を上げる。

「少しはマシな顔になったじゃない」
「お陰様で」

 どこまでが本気でどこまでが励ましだったのか。少なくとも真魚のお眼鏡に適う歯応えのある話し相手にはなれたらしい。

「で、どうするの?」
「どうもこうも今さらないだろ」

 無様な敗北者二人。互いに机に置いていたX-Passももはやただの物言わぬカードでしかなく、褪せた灰色は契約が失効している証明に思えて、既に自分達の戦いは終わったのだと突き付けられているようだった。傷の舐め合いが一区切りついたところで、その先を求めても今さらあの未来に戻れる訳もなく、あの未来が現在から分岐した未来の一つとして確定しているのなら何か伏線を張っておくこともできない。それでも真魚が問い質さずにはいられないくらいには、再会した瞬間の顔は酷かったのだろう。

「なら質問を変えよっか。――あんたは結局どうしたかったの?」
「それは……」

 フラットな精神状態になったからこそ真魚のその言葉は今の渡には鋭く刺さった。そもそも渡には最初からあの戦いに挑む理由はなかった。それなのにここまで逃げる選択肢を一度も浮かぶことがなかったのは、ただ退路を断たれていたからだけではないだけの動機があることは渡自身が一番分かっているはずだ。

「どうせ終わったんだしさ。理屈っぽいのは抜きにして、情けなくぶちまけてよ」

 自分を助けたドルモンに抱いた恩義への代償行為としてカインを生かすこと。そんなものは言ってしまえば自分を納得させるためにでっち上げた建前だ。実の孫を除いて個人的な恨みをぶつけてきた目の前の女はそんなものでは納得しない。

「期待はするなよ。どうせたいしたものじゃない」

 自嘲するように笑って渡は肘をついて右手のこめかみに軽く爪を立てる。まだ純粋にカインの生存だけを望んだと言えればよかった。何ならもっと単純に「死にたくない」の六文字だけで十分だった。それなのに自分があの未来を作った張本人だと知ってしまった途端に足元がぐらついて拓真達と戦うための理屈を求めてしまった。この未来が嫌だと思う気持ちが少しでもあるのなら、それこそ戦いが終わってからでも手を打てばいいだけの話だったのに。

「きっとすぐに見失ってしまう程度のものなんだ」

 未来の罪は自分の芯を支える根底が揺らぐには十分な衝撃だったのは事実だ。たいていの人間だってそうだろう。だが自分にとっては少し違うと今の渡なら分かる。――あれは事実だけなら早急な自死も戦いへの迷いも頭に浮かべることはない程度の些事だった。
 あのときまでの義理と理屈だけで考える弟切渡なら、現在抱えている借りというツケを清算したうえで、喜んで自害を選んだだろう。カインに対するツケや代償行為も己の命を差し出すという形であれば自己満足できたはず。
 弟切渡という人間が貼り付けていた仮面は自分の命惜しさだけでその選択肢が思考から除外される程度のものではない。その仮面があっさり砕けて脆弱な中身が表出してしまうだけの理由が別にある。――それが何なのかはカインを失った時にはもう分かっていた。

「ああ、そうか」

 答えは最期の衝突に垣間見た過去の幻視の中にあった。生き苦しい煙に包まれて人の住める空間でなくなった我が家。床に倒れて既に意識を失った母親。そして、自分の首を子供の仇を見据えるような形相で締め上げる実の父親。恩義を感じるモンスターは未だ影も形も見えない。死が間近に迫ったあのときに浮かんだ言葉は今まさに自分を殺そうとしている相手の言葉だった。

 ――義理は返すもので約束は守るもの。そうやって信用される人になれ

「本当にくだらないものだった」

 あの日から何度も思い返した幻聴に対するざわつきが純粋な嫌悪感だったのだと理解した瞬間、あの日の記憶と今まで燻っていた熱量がフラッシュバックする。それは失望することしかできなかったあの日から確かにあった怒りだった。
 義理は返すべきものだとして不義理も返されて当然なのか。つまり父さんの罪をリークしたことに対する報復も受けるべきものだったのか。……ふざけるな。人を裏切っておいて何が約束だ。人の心を弄んでおいて何が信用だ。自分の息子に義理を通さなかった相手の言葉なんかくそ食らえだ。お前のような人間の血が流れていると思うと全身から噴き出して死んだ方がマシだ。どうせ死ぬなら俺の血で全身真っ赤に染めてやる。

「ちょっ、バカバカバカ! あんた何してるの?」
「んえ……あー、その……悪い」

 慌てたような真魚の声で顔を上げればいつの間にか彼女は自分の右手を掴んでいた。怒りが三割で心配が七割ほどでブレンドしたその視線に射すくめられて、勝手にヒートアップしていた頭は冷えていく。掴まれた右手には乱雑に抜かれた自分の髪の毛があり、視界の右半分にも毟る勢いで抜けた髪の毛が辛うじて引っ掛かっていた。こめかみ周辺に残る自分が引っ掻いた痛みが、真魚の予想以上に情けない姿を晒したことを証明している。

「心臓に悪いから止めてよね」
「悪かった。できるなら忘れてくれ」
「忘れたくても忘れられなさそうなんだけど」
「そうだよな。忘れられなかったんだよな」

 解放された右手で撫でたところで痛みはすぐに引くことはない。寧ろ今はそれでいいと薄っぺらな意地を張って、渡は真魚と正面から相対する。すべてを失った今だからこそ今までの自分が見ないふりをしていた本質に気づくことができた。

「何の話?」
「お陰でようやく俺は俺が分かったってこと」

 それは真魚のお眼鏡に適うであろう、あまりに情けなくて独りよがりの思考基準。そこには最初からカインもあの時助けてくれたドルモンも介在していない。何故なら自分のルーツはあのドルモンによって生き延びた瞬間の希望ではなく、それまでの死に瀕していた時間に熟成された、かつて憧れた信条に裏切られたことに対する絶望だったのだから。

「――俺はただ、父さんのようにはなりたくなかっただけなんだ」

 ああはなりたくなかった。あんな風には死にたくなかった。だからあの人が目の前で破り捨てた信条を道標に生きることで遠ざかろうとした。あの人によって育てられたあの人と同じ血が流れている人間だという事実から少しでも逃げようとした。

「だから俺は拓真には勝てるはずもなかったんだ」

 父親のエゴによって死の淵に立たされた。同じ無様は晒したくないと走った未来で、自分のエゴが人類の文明を壊した責任を取って孫が戦っている。そんな事実を突き付けられて、代償行為という建前を振りかざせただけよくやった方だろう。

「話してくれてありがと。ちゃんと情けない理由で安心した」
「返す言葉もない」

 リタイアして何も背負うものが無くなったからこそ、弟切拓真と相対して抉られた傷を自分の手でほじくり返すことができた。両手を自分の血で染めて手に入れた答えは毒にしかならなかった無価値なものだったけれど。

「――なるほど。それがルートがいつの間にか見失った、弟切渡という人間の本質なんだね」

 その答えに価値を認める声がこの場に一つだけ存在した。いや、今この瞬間に出現した。

「え、誰? というかどこから聞こえてるの?」
「……久しぶりだな。カインとの契約以来か?」

 この場に居ない何者かの声に対する反応はきれいに二分されている。真魚は困惑と恐怖を隠しきれずに視線を右往左往させるが、渡は机の一点を見つめたまま静かにその声に応えた。

「だから何なのか教えてって」
「俺のチュートリアル用のボットだ」
「正確には弟切渡と逢坂鈴音のね」

 初めて未来の世界に飛ばされたとき訳も分からない渡にチュートリアルらしくモンスターとの契約まで案内したのがこのボットだった。出会いはあの一度切りだったが鬱陶しかったことだけは渡も色濃く覚えている。声の正体を看破したところで、真魚はインチキな霊能力者を見るような目で見つめるばかり。コミュニティに参加した当初にチュートリアルのボットの話を持ち出したときもこんな感じの視線で貫かれたことを思い出した。

「真魚の目が厳しいんだが。なんとかしてくれないか」
「そうだね。声だけというのもそろそろ失礼かな」
「自覚があるなら姿を現せっての」

 いたたまれない視線に対する渡の解決策。人の心が分からないボットの心にもない礼儀。恐怖と興味と疎外感がごちゃ混ぜになった真魚の苛立ち。三者三様の思惑はあれど話を進めるための結論は一つだけ。

「では、君のを拝借するよ。小川真魚」
「え、何を?」

 その術を知り実行できるのはボットだけ。その行動がなんであろうと遮る術は他の二人にはなく、疑問符を抱く頃には既に手遅れになっている。

「期限切れの通行証なんて、君にはもう不要だろう」

 最後通告とともに机に置いていた真魚のX-Passの表面に特大のノイズが走る。ただの板切れになって久しいその表面の変化に反応するより早く、真魚のX-Passだったものはついに板切れであることすら放棄する。

「は?」

 真魚のX-Passが一瞬で砂の山に変わった。まるでX-Passという形態を維持するための魔法が解けたように脆く崩れて、風が吹けば無くなってしまいそうな塵が机に盛られているだけ。

「え、ちょ……え……」

 現代において自信がトラベラーだったことを示す証拠品。それがあまりに呆気なく失われた事実に真魚は力なく椅子に体重を預けることしかできない。
 そもそも既に契約が切れた残骸の扱いに彼女の意思など関与できる筈もなかった。その砂粒に契約のカードとしての役割を与える魔法があるのだとしたら、それを解体し別の媒体にするための魔法を掛けられる存在の立ち位置はトラベラーやレジスタンスとも異なるのだから。

「これで少しは様になったかな」

 机の上で腕を組む小さな人型は赤い眼鏡を掛けた白衣を羽織った女性だった。細身の体格ながら出るところは出ていたシルエットには重力に逆らうだけの力は落ちているのが見えて、肌も白いというよりは病的な方向に進化している。黒の長髪には少しパサつきが目立つようになり、目元には隠しきれない皺や隈が刻まれている。
 それでもなお若さという全盛期から劣ったという印象を受けないのはそれ以上に尖った印象を与えるからだろう。伸びなくなった背筋も、眼鏡の奥の陰が強くなった視線も、蠱惑的というよりは嗜虐的にも一歩踏み込んだ人でなしの表情を彩るスパイスになっている。二回り以上年齢を重ねればこうなるのだろうと納得できる程に、白衣の女の表情はあまりにも二人にとっては馴染みのあるものだった。

「あんたまさか……」
「鈴音さんか!?」

 弟切渡が人でなしの道を選ぼうとも味方で居てくれた人でなしの、完全に人ですらなくなった姿がそこにあった。

「過去の私よりも素直なリアクションをありがとう。――厳密には渡くんの残骸がルートになった世界線の逢坂鈴音の末路だ」

 年甲斐もない大仰な拍手のモーションに若干の苛立ちを覚える感覚は逢坂鈴音と相対したときに覚えたそれと重なり、煽るような言い回しは渡に見知らぬ世界で初めての話し相手に喧嘩腰になったときの感覚を思い出させる。

「というかその白衣、俺がX-Passを拾ったときの」
「名演技だっただろう。あのサイズのアバターを出せる時間は限られていたけど奮発した甲斐があったよ」

 頼りになるが癪に障る戦友と同時に渡の脳に過ったのはそもそものトラベラーになるきっかけ。X-Passを交通系のICカードか何かと勘違いしたのは今になると笑い話にもならないが、わざわざ拾わせるためにひと手間掛けられたことを語られても何一つ笑えない。

「ところで……あんたどういう状態?」
「意識だけの情報体とでも言うのかな。ただモンスターよりもさらに抽象的なレイヤーに属する概念だろうね。お陰様でセルを経由した時空間移動にも不便はないけれどセルによる事象再現は不得手でね。『神の触手』に接触した際に転写した当時の姿を持ってくるのが精いっぱいだったよ。いやあ、あの時は流石の私もやらかしたかと思ったね。前処理を徹底していたから、『神の触手』そのものに干渉しないようにはできたけれど、一歩間違えれば大惨事だったんだろうね。あっはっは」
「さっきから何の話をしてるんだ?」
「私については幽霊みたいなものだと思ってくれってことだよ。あ、ルートを名乗ってる君の残骸も似たようなものか。本来は冷静沈着なお姉さんだった私でこれなんだから、最後まで拗らせた君は盛大にやらかす訳だね」

 デリカシー皆無の言葉の羅列を前にして、渡の脳内には二重の失望が渦巻いていた。一つは白衣の女というアバターに対するもの。白状すると、渡はトラベラーになった日のことを大事な分岐点だと記憶していた。そこにはきっかけとなったあの白衣の女も含まれており、再会して正体を突き止める日が来るのを期待していた。今日までの熟成期間の間に理想化していたのはこちらの勝手だが、しらけるような種明かしをされると砕かれた理想の捨て方すら分からなくなる。
 もう一つは中身の素性に対するもの。これが逢坂鈴音の末路だと言われて薄々納得できてしまううえで、致命的な破綻が悪化している事実に涙が零れそうになる。年を重ねて何か吹っ切れたのか、白衣の女は現代の逢坂鈴音よりどこかテンションが高く、おちょくるような言い回しは人を辞めるタイミングで人として大事なものを失ったことを痛感させた。それに彼女自身が自覚したうえでこの振る舞いなのがなおさらタチが悪い。

「さっきからお前は俺の残骸がルートだと言っていたが、あれはどういう意味だ?」
「言葉通りの意味だよ」

 いくら要領の掴めない専門的な話であっても、話している相手の素性のせいでメンタルがゴリゴリに削られていても、聞き逃してはいけない言葉を判別する力だけは渡には残っている。弟切拓真はルートの正体を弟切渡の成れの果てだと推測した。そして目の前の白衣の女も残骸という酷似した表現を使った。彼女自身が逢坂鈴音の末路を自称している以上その言葉の重みも段違いだ。

「やっぱり俺の未来の姿がルートなのか」
「私個人としては否定したいけど、そういった見方もできなくもないね」
「なんだその言い回しは……結局違うのか?」

 ここまで饒舌に話しておいて急に歯切れが悪くなるのが癪に障るが、それだけ重要なことだと白衣の女は認識してくれているようだ。そこまで言葉を慎重に選ぶ理由は彼女にしか分からないが。

「そうだね。流石に正確な解答をしよう。――ルートは試作型モンスター第三十一号が弟切渡を捕食し、私達のチームが作成したタイムマシンを取り込んで生まれた存在だ」

 四十秒の沈黙の後、白衣の女は先に答えを提示したうえでそこに至る未来の末路を語り始めた。