秘蜜の置き場 -13ページ目

秘蜜の置き場

ここは私が執筆したデジモンの二次創作小説置き場です。オリジナルデジモンなどオリジナル要素を多分に含みます。

 マメゴンは質量と火力による破壊力の体現。クロムは速さと切れ味を極めた殺傷力の体現。そして、かつて数人がかりで仕留めた霞上響花――ナーダが結晶化と洗脳による理不尽の体現。

「歯応えがないな。俺を殺しに来たんだろ、お前ら」

 ならば渡達の目の前で暴威を振るう究極体デクスは何の体現というべきか。破壊衝動そのものを咆哮のように飛ばす衝撃波。標的に追いついては殺傷力の高い爪で表皮を肉ごとずたずたに裂き、機動性の落ちた標的をさらにつけ狙う戦闘スタイル。そして、数的ハンデのない戦場における格上という理不尽。

「ブーメランだとでも言えばいいか?」
「強がりは身体に悪いぞ」

 幸か不幸か、その理不尽は専ら渡の契約相手であるカインに集中的に振るわれている。
 例外があるとすれば、カインを囮として落ち武者幽霊――オボロモンという種らしい――が背後から襲い掛かった一回だけ。Xが乗る究極体デクスの肩に向けた渾身の一太刀ごと、そいつはモーニングスターに似た尾で左半身を粉砕されて墜落し、群がってきた完全体以下のデクスに貪り食われた。契約相手の主婦を慮る余裕はこの場の誰にも存在しない。

「お前だけはこの手で殺したいからな。当然だろう」

 Xが操る究極体デクス以外の連中は渡達に興味を向けることはない。そういう風に指示がされているのだろう。見事なまでに執着されているものだ。今生きていられるのは、調理の下準備でもするかのように時間を掛けて追い詰めているからに過ぎない。

「心配してくれるのか」

 反撃の一手は吐き捨てる唾と大差ない。カインが放った鉄球を核として周囲から鉄粉が集まり敵対者の体躯を上回る巨大球と化す。恐竜を滅ぼす隕石のように迫る質量の暴力。

「ああ、俺は優しいからな。仲間や家族からもお墨付きだ」

 だがそこに立つのは自然が産んだ恐竜ではなく人口的に生み出された生命への冒涜。それも完全体のデクスを互いに食い合わせて残った残骸が成り果てた最大級の冒涜。元の素材と同じ似姿の必殺技など鬱憤を晴らすように叫べば砕け散る。

「横槍も控え目になったか。本当に人望ないな、お前」

 追撃もせず語りかける口調には親しさなどない。ただ値踏みをするように見下ろして渡の反論を待ち受けている。
 人望の有無はどうでもいい。仮にあったとして、誰もこの場に介入できないだろう。渡以外が究極体デクスに攻撃を仕掛ければ、片手間に払いのけるついでに大ダメージを与えられ、そのまま配下に貪り食われるのはオボロモンが実演してくれた。そもそもこの場に居るのはデクスだけではなく、露払いとして連れてきた元トラベラーも居るのだ。

「なんでこんなところにまで来たんですか!」
「それはこっちの台詞だ」

 鶴見将吾に執着している大野寧子は都合が良かった。彼女の契約相手であるタマ――スカルバルキモンが放つ冷気は敵対するモンスターの恐怖心を煽る。一度相対している将吾の月丹――ヒシャリュウモンには耐性があるようで、その身を刀として果敢に斬りかかっている。

「我が主の誘いに乗って正解だった。欲深い女を消せるのだからなぁ!」
「そんなに私は嫌われることをしたかな」

 根本的にトラベラーを見下している天城晴彦は狂信的なまでの忠誠心を買われたのだろう。女神様と呼ぶエンジェウーモンの矢は、特に癪に障るであろう逢坂鈴音のアハト――キャノンビーモンを執拗に狙っては淡々と迎撃されている。

「ここは退いちゃくれませんか」
「優しいね、君は」

 星埜静流とノクス――ケルベロモン変異種と相対しているのは、かつてコミュニティに居た男子高校生――優木朝陽。進化した契約相手の紅い獅子は二本の足で立ち上がり、炎を纏った拳を打ち合っている。
 あとは見知らぬ新入りとして。銀の電磁装甲を纏う甲虫を模したロボットに、ペンギンのようなフードで顔を隠した鳥の四肢で踊るように戦う人型。完全体のデクスが率いる十体程の群れを計算に入れなければ数的有利はこちらにあった。

「俺とお前の戦いだろ。他の奴らは関係ない」

 なるほど。まったく余裕はない。無暗にこちらの戦いに介入して、無駄に戦力を減らされるくらいなら自分達の戦いに集中して生き延びて欲しいと素直に思えるくらいだ。

「その他人を乗せておいて言うとは……本当に面が厚いな、お前はァッ!」

 カインが吹き飛ぶ。渡に認識出来たのはその事実だけ。
 ただの体当たり。そこに究極体というスペックの全力を込めただけ。
 丁寧な下拵えを意識しなければ最初からそれで十分だった。

「……カイン?」

 サンドバッグのように転がる肉塊。そう誤認してしまう程に目の前で浅い呼吸をするカインの姿は無様。その命が尽きたとき自分はもっと惨たらしい肉塊になるだろう。

「――あ」

 額に滴る汗。早鐘を打つ心臓。足元から虫が這い寄ってくるような怖気。身体の内からは無尽蔵に熱が溢れているのに、末端は凍りついたように動かない。

「う、あ」

 意識が埋没する。死を前にした自覚で加速する認識時間。絶え間ない自問自答。

 ――結局ただ死にたくなかっただけなのか

 本当にそうかと問いかける。こんな未来を創る自分が認められなかった訳ではない。認めたうえであってはいけないと理性が判断したまで。いずれ辿り着く未来だと本能に植え付けられている確信こそが自己否定の原因。
 命を救われた相手に憧れて再会したいと願うのは罪か。その相手と似通った存在に心惹かれ、代償行為でも生き延びて欲しいと思うのは罪か。――そもそも代償行為とはどのような感情を代替するものだったのか。

「ああ」

 揺れる視界で己の契約相手を見据える。身体中のフレームが歪んだのか、カインはまともに立ち上がることはできない。その姿が恩義を感じた相手と重なったのは何故か。その差異が薄っすら開いた瞼とその奥で光を保っている瞳なのは何故か。何故あの時のドルモンの姿はかき消えたのか。
 本当に自分は再会して恩を返したかったのか。それともありもしない可能性に縋ったのか。

「そうだったのか」

 その答えを自覚した瞬間、渡は自分の根底が崩壊する音が聞こえた。それでも代償行為は果たせたことは、焼けるような左腕の熱と視界を喰らい尽すような進化の光が教えてくれた。

「報告通り異常な成長速度だな。想定内ではあるが」

 究極に至った力を誇示するように雄たけびが響く。咆哮の主は白銀の肉体を輝かせる蒼翼の破壊竜。力強く広げる翼や四肢には溢れんばかりの生命力が漲り、身体の節々を彩る青と金の装飾は破壊を尽くす敵としての格を表すかのようだ。

「何にせよこれで同じ領域に至った訳だ。流石に歯応えがありそうだな」

 百人中百人がそのシルエットから究極体のデクスを想起させるだろう。だが、ここに立つのはそれを葬って未来を奪うための敵。額に輝く赤い結晶はドルグレモン――カインが進化した姿だという証明なのだから。

「で、なんでお前は泣き腫らしそうな顔をしてるんだ」

 渡の顔に希望も渇望もない。力を得た結果として失った何かを名残惜しむようにただ奥歯を噛んで倒すべき敵を見据えていた。

「うるさい」
「喜べよ。この状況を覆せそうな力が手に入ったんだろう」
「黙れ」

 言葉は刺々しく声はざらつく。煽られたことで反射的に発露する怒りはそのまま戦意へと転じる。殺意を向けて戦う理由になんて今はそれだけで十分だ。
 見通しの甘い口車に乗ってくれた他の連中に対する責任も、契約相手を散々いたぶってくれたことに対する反感も、今となっては後付けの理由にしかならない。

「何か悲しいことでもあったか。――それとも何か嫌なことでも思い出したか」

 ただ真の意味で自分を見直す機会を与えてくれた相手に契約相手に託したすべてを持って御礼参りがしたいだけ。

「黙れっつってんだよ!!」

 究極体デクスが吹っ飛ぶ。渡が見届けたのはそのシンプルな結果だけ。
 ただの体当たり。そこに究極体というスペックの全身全霊を込めただけ。
 先ほどの異種返し。違うのはそれが「ブレイブメタル」という技として昇華されたという一点のみ。

「くそッ、仕留め損ねたか」

 不自然に曲がった首の骨を力任せに直して、究極体デクスは腐臭に満ちた息を吐く。その肩の上には余波で飛ばされたのか飼い主の姿は見当たらない。それでも嘲笑うような声が響くのはそいつがまだ生きているから。

「いや、いい一撃だった。それでこそ殺しがいがある」

 Xは渡の正面に立って不敵に笑う。腕の一本も折れてないどころか擦り傷一つない。カインの突進に巻き込まれ、その肩から落とされたにも関わらずだ。
 からくりには容易に検討がつく。周囲に不自然に浮いている砂のような粒は見覚えのある現象だった。

「X-Passのバリアをパクったな。そいつと契約してるとでも」
「擬似的なものだ。X-Commanderはそいつをベースにしたからな」

 コピー元となる端末を持っている協力者には恵まれ、成果物にはコピー元にないデクスを肩代わりに現代に送還する機能も備えている。契約が有効な間に身を守る機能は真っ先に実装されて然るべきだ。

「これで遠慮なく殺し合えるだろ」
「ああ、文字通り同じ土俵に乗ってやる」

 カインを隣に立たせたうえで真正面からXを見据える。
 同じシルエットのモンスター。同じ視点に立つ契約相手。互いの契約が破棄されるまで相手を殴り、切り裂き、焼き払う。そうして敗れ去った契約相手は当然のように貪り食われるだろう。
 トラベラーとしての渡からすれば、これ以上ない好条件を与えられたようなもの。対価は退路を断つことのみ。そんなものはこの場に立った段階で既に無くなっている。
 開戦の合図など不要。二体の破壊竜は同時に飛び出して互いの爪をぶつけ合う。歪んだのはデクスの方の腕。だが当事者は意に介さず反対の手で殴りつける。それをカインは尾をしならせて、銛の様な先端で突き抉った。
 疑似的なチェーンデスマッチ。右腕を封じられたデクスは仕返しとばかりに尾を振るって側頭部を狙う。先端の鉄球は腕で防ぐには受けきれない硬度と質量。取る選択は防御ではなく回避。それも攻めに繋がる回避。
 一歩踏み込む。頭の後ろを抜けた鉄球は翼を抉る。避けきれない鞭は左腕で頭を庇う。
 カインは痛みに対する反応を表には出さない。渡も考慮すべきは純粋な運動エネルギーのみと定義して指示を送っていた。
 左腕のテクスチャを削って懐に滑り込む。手刀と化した右手に宿る炎。全霊を持ってその刃をどてっぱらに突き刺す。
 貫通する右手。ただそこに命を奪った感触も無ければ勝利の余韻も感じられない。――それもそのはず、紫紺の傀儡はまだ己の標的を視界の中心に捉えていた。
 機械的に開く口。その奥でちらつく熱。自ら踏み込んだ敵に退路はない。
 自分の身体諸共焼き払う姿勢こそ、己の命を考慮しない傀儡としての矜持。
 ならばそれに抗うのは生存本能を最優先する生命としての矜持。
 ワイヤーフレームが見え隠れする左腕でカインはデクスの側頭部を殴りつける。だが損傷した腕では照準は揺らせない。それは承知の上。少しでもその一撃に意識が向けば十分。
 既に右腕と尾は標的との接触を断っている。助走距離は二、三歩で妥協。
 同じシルエットだからか、次に相手が放つ技も、その動きも手に取るように把握できる。無論、突くべき隙のタイミングも。
 デクスが放つのは破壊の衝撃波「ドルディーン」。その発射予定時刻一秒前に腰を落とす。
 瞬間、発火するように飛び出す。「ブレイブメタル」には昇華できていないただの突進。重要なのはその標的がデクス本人ではなく、デクスの顎一点に絞られていること。
 空を焼く破壊の咆哮。背中を地につけて見上げる射手。跳ね飛ばされた勢いで翼は地面の砂にまみれた。
 上体を起こしたカインは倒れたデクスを見下ろして静かに口を開ける。敵はまだ活動を停止していない。ならばやるべきことは一つ。奴が空に放った一撃を今度はその身に味わわせて、跡形もなく消し飛ばすのみ。
 それで終わり。自分でも驚くほどに渡の心は静かにこの状況を見ていた。
 放たれる破壊の衝撃波。それは直線状に存在するものを悉く焼き尽くす。

「往生際の悪い奴だな。そいつも、お前も」

 渡が投げかけた声にXは答えない。その両隣には焼け焦げた成熟期デクスの残骸と己を守っていたバリアの残骸。その奥で究極体デクスがマリオネットのような動きで立ち上がる。

「ゴーグルが割れた? なんで貫通した? バリアの精度が不完全か。所詮は偉大な遺産のパクリだからか」

 それすら気にも留めないようにXは呟く。分析にもならない言葉を呪詛のように紡ぐ姿は今までの奴とは違う。有り体に言えばキレていた。紐を引き千切ってゴーグルを乱暴に投げ捨てた上に、自分がそんな行動を取ったことに気づかない程に。

「暑いな。頭が爆発しそうなくらい、暑い」

 頭を搔きむしるように帽子を掴む。留め具が外れていないため、脱ごうとして首に紐が引っ掛かって息が一瞬詰まる。それでさらに苛立ちながら、留め具を握りつぶすように外す。

「ああ、本当に――」

 ようやく脱げた帽子を丸めて、奴は渡を睨みつける。次に何をするかはすぐに予見できたが、渡は渡で理性的に対応できない理由が生まれていた。

「いい加減にしろよ! クソがッ!!」

 投げつけられる帽子を胸で受け止めながらも、渡の視線は一点を捉えたまま微動だにしない。それは本人は無自覚だが結果として暴かれたXの素顔。

「お前、誰だ?」
「ああ……名乗ってなかったか。――弟切拓真。あんたの孫だよ、クソ野郎」

 見覚えのある輪郭に埋め込まれた見たことのない表情。まるで悪い魔法使いが寄越した鏡に自分の顔を映したかのようだった。




 時は開戦前に遡る。
 舞台となる戦場から一キロメートルほど離れた荒野で男は溜息を吐いた。

「間違った座標を教えられたか。助けを求めた癖に……どっちの味方なんだか」

 視線の先には製造主とともに別の場所で猛威を振るっている究極体デクス。渡もこの男も知らないことだが製造数はこの二体のみ。それほど貴重な兵器を投入するほどにXはこの男とその契約相手を警戒しているとも言える。

「真相はこの目で確認するか」

 男の傍らに立つのはゲームエンド級の力を持つ白騎士。マントを翻して振るうその両腕の先はそれぞれ竜と狼の頭部を模している。
 主のいない機械に遊び心はない。標的を認識した紫紺の破壊竜が衝撃波を放つ。敵対者の身体を砕く咆哮。
 だがそれはより気高い雄叫びによってかき消される。原因は獣の頭から覗く砲身。たった一発で打ち消される様は背筋が凍てつくような恐怖。幸か不幸か、それを感じる機能のない破壊竜は翼を広げて大地を蹴る。
 遠くから一方的に消し飛ばせる相手ではない。そう判断して近距離戦闘に切り替える判断自体は間違ってはいない。ミスがあるとすれば、相手に対する分析や推測をそこで止めてしまったこと。優れた遠距離攻撃があるからといって、それに匹敵する近距離武器を所持している可能性を棚に上げたこと。
 白騎士が左腕を前に突き出す。その先端で竜の頭が口を開き、一振りの剣が姿を見せる。その様は誤った判断を下した不良品に処分を言い渡すかのようだった。




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全面戦争の時間じゃオラァ!
という訳で人数管理とかがガバリそうな集団戦は難しいなあ。タイマン最高。みんな一対一で殴り合えば話は楽なのになどと思いながら書いていました。総力戦の雰囲気出すために、見知った名前が変なマッチメイクしている気がするのはその影響です。というか、後半は本当にタイマンになっていましたし。
今回と次で前後編という形で一区切りはつく予定です。問題はその後で、ノープランというか元々想定している構成を見直して卓袱台を返す可能性もあったり。……計画性がねえや。