秘蜜の置き場 -11ページ目

秘蜜の置き場

ここは私が執筆したデジモンの二次創作小説置き場です。オリジナルデジモンなどオリジナル要素を多分に含みます。

 ――弟切拓真。あんたの孫だよ、クソ野郎

 その言葉は渡にとってあまりに理解し難かった。意味は分かる。理屈も分かる。納得もできる。それでもその事実が自分でも理由が分からない程にただ耐え難かった。

「嘘だ、なんて言うなよ。あんたのそれは真実だと理解したうえで嘘だと自分を騙したがっている奴の顔だ」

 心の内を完璧に見透かした言葉で逃げ道が奪われた。その手管自体が身内だからという説得力になり、渡の心を何重にも締め上げる。

「あんたがガキの頃にドルモンに出会って命を救われたのは知ってる。父さんが散々聞かされたって愚痴ってた」

 もし自分に子供が出来たとして、きっとサンタクロースよりも信じがたい出会いを語らずにはいられない。死にかけた原因は流石に伏せたとしても、その出会い自体は夢のある御伽噺として伝えただろう。

「けど、数少ないあんた自身との会話でも聞いたのを思い出したよ」

 子から孫へ。今までの自分の根底にあった出会いはきっと老いても忘れることはなかった。そうでなければ、孫と名乗る目の前の男に純然たる殺意を向けられるはずもないのだから。

「あんたはいつも俺の言葉で癇癪を起していた。本当に酷い顔だったよ。……ちょうど、そこのカインが進化したときと同じ顔だった」
「うるさい」

 それはきっと泣き腫らしそうな顔だったのだろう。何も思い通りにいかない現実を受け入れられない子供のように。諦める選択肢しか持っておらず、それ以外の選択肢を探しもしないのにただ決定のボタンを押さずに遅延しているだけ。その癖一丁前に現実を冷めた目で見ている気になっている。

「なんて言ったかって?」
「その必要はない。やめろ」

 本当は分かっていた。ただ出会いが非現実的だから別れにも都合のいい解釈が出来ると思っていた。ただ、今の自分はもうあの頃の信じるものだけを信じていられた子供とは違う。年月を経て、経験を蓄え、モンスターに関する見識も得た。だからこそ、本当はあのドルモンの末路には一つの結論にたどり着いていた。

「そうか。……そこまで言うなら大サービスで教えてやるよ」

 少なくとも、思ってしまったのだ。カインに食わせた獲物や今この場で倒れて塵に変える仲間の姿が、あのとき最後に見たドルモンの姿と似ていると。

「俺はいつも言ってやったんだ。――そいつ、もう死んだんじゃないかってなああああァッ!!」
「――あ」

 X――弟切拓真の雄叫びに似た笑い声とともに究極体デクスが吠える。奴自身の衝動とも思える衝撃波に渡は反応できない。それでもカインの左半身を掠った程度で済んだのは、カイン自身の防衛本能によるもの。

「……悪い、カイン」

 一瞬こちらを見る契約相手の姿を見て、ようやく渡は意識が彼らの戦いに戻る。否、そうすることでしか今は自分の意識を保てそうになかった。拓真自身が引き合いに出しているからか、奴を直視するだけで、何故か重なってしまうのだ。父親の最期の光景が。何よりあのドルモンの最期の光景が。

「まだやる気か?」
「ああ」
「まだ吐きそうな顔してるのに」
「構うもんか」

 拓真の言葉はすべて正しい。未だに立っていられるのが自分でも不思議なくらいだ。それでも今は自分が決めた代償行為は果たさなければならない。たとえ自分の根底が擦り切れるとしても、それで立てるならまだマシだ。

「馬鹿は死ななきゃ治らないってか」
「死ぬ気も死なせる気もない」
「もう既に亡霊みたいな面してるんだよ」

 呆れたように拓真は冷めた目で見つめる。結局正体を明かして言葉を交わしたところで立場は変わらない。弟切拓真は弟切渡を殺したくて仕方がない。そして、弟切渡はまだ死ねないというだけでこの場に立っている。

「そうだ。あんたは……お前は亡霊だ。終わった連中に縋って後に生きる人間に仇なす悪霊だ」

 より色濃く重なる始まりのヴィジョン。自分を殺そうとして食い殺された父親の言葉。自分を助けた後にこと切れたドルモンの末路。気のせいだと何度も瞬きをして向き直る。今度こそ、真正面から受け止めるために。

「好き放題言いやがって! 俺もカインもまだ生きてるんだよ!」
「ならここで死ねよ。過去に縛られて未来を滅茶苦茶にされるのはもううんざりだ!」

 再びの激突。蒼翼の破壊竜と紫紺の傀儡が互いに互いの手を掴み、同時にヘッドバットを決めてそのままゼロ距離で睨み合う。筋力量も内に燻る熱量も同等。差異は一部の形状とその身に備わった戦闘技術。そして、契約者の執念。

「そもそも俺を殺そうとしてる時点でお前も過去に縛られてるだろうが!」

 究極体デクスの両腕がカインを押しこむ。否、寧ろカインがわざと力を抜いていた。行き場を失った力は究極体デクスを前掲姿勢にし、不安定になったその身体をカインがさらに引き寄せる。人の指示による術理。無防備になったその腹部をカインの膝が抉り上げる。くの字に曲がる身体はすぐに反撃には移れない。感情のない目でこちらを見上げる顔面にカインは追撃の尻尾を叩きつけた。
 吹き飛ぶ傀儡。奴が体勢を整える前に次の手の準備に掛かる。腹の底に燻る熱量。発射口までの経路も問題なし。反撃の準備を整えさせることなくその身体を打ち砕く。

「そうだろうな。お前の言う通り、俺も縛られてるだろうよ」

 放たれる破壊の衝撃波。その数は二つ。片方はもちろんカイン。もう片方は相対する究極体デクス。誤算はただ一つ。相手が反撃の準備を既に整えていたということ。ただ一つのタイミングを狙って耐え忍んでいた。それこそが今の世界を生きる人々の在り方であると吠えるように。

「けどな。俺のはケジメって言うんだよ、老害!」
「勝手に因縁つけるのも大概にしろ、当たり屋!」

 ぶつかり合う互いを滅ぼす意思。火力は同等。完全な拮抗勝負である以上、それを崩した者がそのままアドバンテージを握りかねない。それを理解し既に手を打っていたのは拓真――究極体デクスの方だった。
 ただそれは奇策とも呼べない強硬策。二つのシルエットの距離が近づいているのは片方が力任せに距離を詰めているから。言ってしまえば、究極体デクスが自分の身を削りながらひたすら前進していた。傀儡が故の再生能力に頼ったゴリ押し。ただ一撃を与えるための執念。それをカインが目の当たりにするのは拳が顔面を叩いた瞬間。
 拳がめりこむ顔面。それは二つ。反射的に突き出したのか、究極体デクスの顔面にもカインのカウンターパンチが叩きこまれていた。骨子フレームが歪む程の衝撃を互いに受けながらも、互いの瞳は互いを認め、もう片方の拳が同じタイミングで振るわれる。こうなれば最早術理も何もないない。ただ野獣の如く肉体をぶつけ合うまで。

「勝手な因縁とは相変わらず無責任だな。そうだよな。お前は何も顧みなかった。だから俺が尻ぬぐいする羽目になってるんだよ!」
「その言い方だと構ってもらえなくて拗ねてるみたいだな。一周回ってお爺ちゃん子か?」
「ガキのまま頭でっかちに年を食った奴なんか好きになれるかよ!」

 契約者の言葉ともに振るわれる怪物の暴力。片方が殴ればもう片方が殴り返す。掴み合って腕が塞がったのならば尾を振るい、それを察した相手は力任せに身体を揺すって軌道をずらす。自分の身体で使えるパーツは余すことなく武器とする。ただ目の前の敵を倒すために。ただ契約者の妄念を体現するために。

「そもそももうお前を人間だと思っちゃいない」
「人間だと見做すのを止めないと手を下せないだけだろう」

 三度距離が離れたところで吐き捨てた渡の言葉に拓真は眉を潜める。ひどく不快な言葉を耳にしたように。その言葉を渡が口にしたことに納得できたことが不思議と不愉快だったように。その理由に思い至ったことで、誰かにとって不都合な何かを悟ったように。

「そうだ。そういう奴だったな、お前は」
「何が言いたい」

 今までとは打って変わって淡々と拓真は口を開く。その目には最早憎悪すらない。ただ、レジスタンスのリーダーとして為すべきことを自覚したように。目の前の状況を見据え、取り掛かるべき優先度を再分配していた。

「お前はドルモンに執着した時点で、人間としておかしくなってたんだ。人類の敵と言っても文句ないくらいにはな」

 究極体デクスの身体は既に右肩から先が落ち、反対の翼は八割近くもがれている。最早身体を取り繕う余裕もない以上、仕掛けられるとして次が最後だろう。

「残念だが、老いたお前の死にざまを俺は見ていない。知らないんだよ」

 方やカインの方も尻尾が根元から千切れ、両翼の膜は既にない。飛行能力も完全に失われているだろう。早急な回復が必要だが、それには何よりも目の前の敵を退けなければならない。

「だから、思うんだよ。過去から人類の敵を送り込んでモンスターと結び付けてる奴も同じようなものなんだって」

 究極体デクスの身体が動く。カインも迎撃の構えを取る。目を離すことのできない最後の激突。

「ルートこそお前の成れの果てみたいなものじゃないのかってな」
「――あ」

 そのはずなのに、渡の目にはまたあの日のヴィジョンが重なっていた。今までと違うのは時系列が少し前であること。死にかけているのは幼い渡で、殺そうとしているのは父親だった男。――なぜ、今更になってそんなものを思い出すのか。

「……く」

 幻視は一瞬。その瞬きの間を越えて、渡の目に映るのは真正面からぶつかる二体の怪物。正面衝突した以上、どちらか或いは両方の身体は拉げて根底から歪むことだろう。
 だが、実際に身体の骨格が歪んでいるのは究極体デクスのみ。突き出していた尻尾は何重にも折れ曲がり、首から上に至っては跡形もなく消し飛んでいる。
 カインはそれを嘲笑う身体そのものが崩れかかっていた。既に膝から下は砂粒と化して落ちた上半身を支える役割しかない。腕も翼も砂上の城のように崩れて、胸像のように残った上半身が力なく自らを滅ぼした勝利者を見上げている。

「――メタルインパルス。核を残してそれ以外を崩す奥の手。こいつには核しか用がなかったからな」

 誇ることもなくただ勝利者の役目として拓真は決め手を語る。渡の耳にはそんなものは入らない。決め手を――自分の敗因を探るうえでそんなものは必要なかった。――あのヴィジョンが見えた段階で、きっと自分の心はもう折れてしまっていたのだから。

「さて……ビンゴだ。まったく誰の采配なのか」

 究極体デクスを残った片腕をカインの胸に突き刺して何かを引き抜いた。それを起点に残った身体も崩れ去り、身体を構成していたセルは近場で起きた爆風に巻き上げられる。四方八方に散っていくそれは光の粒のようで、そのうち自分の方に落ちてきたそれをただ浴びることでしかカインの名残を感じることができなかった。

「やるべきことは終わった。後はやりたいことをやらせてもらう」

 拓真がこちらに近づいてくるのが分かった。手慣れた手つきでセーフティを外すピストルはこの時代でも用途はあったのだろう。モンスターとの契約の切れた無力な人間一人を殺すには十分過ぎる凶器だ。

「散々言って悪かったが、ケジメはつけさせてもらう。孫のためにおとなしく死んでくれや」

 渡には最早抵抗する気力もない。所詮自分は未来の大罪人。それでも他の仲間を巻き込んででも自分自身を認めたいとあがいた結末がこれ。ならば、最早文句の一言を言うこともできはしない。

「――そいつは困るな。弟切はうちの生徒なんだ」

 渡の前に大きな影が落ちる。自分と拓真の間を遮ったのは、両腕に竜と獣の頭をそれぞれ持ち、マントを翻して騎士のように頼もしい背中を見せつける白い人型。――そして、異様に聞き馴染みのある声の男。彼には自分の悩みを打ち明けはしたが、それはこの場に現れることはないという前提のはずだった。

「なんで……何が……」
「そこは『ありがとうございます白田先生』じゃないのか」

 白田秀一。渡のクラス担任にして剣道部の顧問。その左腕には紛れもなくトラベラーの証であるX-Passが存在し、契約相手であろう白騎士の力量がこの場においてトップクラスであることはすぐに分かった。

「ルート直下の白騎士様か。時間稼ぎとしてはギリギリだった訳だ」

 拓真が明らかに警戒対象として意識している以上、こちらの味方ではあるのは間違いない。何故このタイミングになって現れたのかなどどうでもいいし、問いかける資格も存在しない。弟切渡は敗北し、トラベラーの資格を失った。その事実だけは命を救う助っ人が現れたところで変えようのないものなのだから。

「さて、レジスタンスの大将――弟切拓真というべきか。お前の祖父を助けるために手を貸してくれないか。端末と代価分のデクスが欲しい」
「何の冗談だ? 取引のつもりか?」
「冗談……ハッ、脅迫だ。そのくたばりぞこないを倒すのに時間は掛からんぞ」

 睨み合う両者はどちらも正常に戦力を分析できている。白騎士がこの場におけるバランスブレイカーであることはこの場に居るという事実だけで十分。カインを倒したデクスと同型のデクスを退けて辿り着いたのだから。
 それでも拓真は一切要求に応えるつもりはない。拓真がこの場におけるレジスタンスのリーダーとしての目的は果たした以上、後はそれこそ私怨のために死んでもいい覚悟は既にある。仮に死んでも他の連中を逃して後の戦いにつなげる根回しもとうの昔に済んでいる。
 不毛なまでの睨み合い。秀一がしびれを切らして仕掛けるより先によきせぬ形で事態が進展したのは誰にとって幸いだっのだろうか。

「――え?」

 間抜けな声が漏れたのは渡の口から。存在が薄れつつある奇妙な感覚。何度も体験したはずのそれは今の自分にはあり得ない筈のもの。

「おい、待て……待て待て待て」
「おや……よく分からんが、手間が省けたか」

 拓真は怒りに顔を歪め、秀一は無理矢理納得して安堵したような表情を浮かべる。二人の視線の先には姿が薄くなりつつある渡の姿。それはモンスターの契約が切れた人間にはあり得ない現代への帰還。

「お前ェ、逃げるなァッ!! この卑怯者ォオオッ!!」

 弟切拓真の罵声に応えることもなく、弟切渡の存在はこの時代から完全に消失した。

「くそっ、くそっ……クソがっ! キーデータが埋まってた個体故のイレギュラーか? 思い通りにいかないなクソが!」
「荒れてるねえ。人生そんなに上手くいかないものだ」

 地団太を踏む拓真の姿に先ほどの戦いの勝利の姿はない。ケジメをつけられるチャンスはもう二度と現れないだろう。唯一義務感ではない弟切拓真個人としての執着は弟切渡にしかなかったのだ。

「何偉そうに説教垂れてるんだよ。上手くいかないことに癇癪起こしたから、お前らはここに来たんだろうが!!!」


 執着があるから人は戦いに臨む。そこに例外はない。たとえ、ヒーローのように現れて教え子を助けた教師の鑑であろうとも。

「ああ、そうだな。その通りだとも」

 冷めた声で秀一は己の内を見透かす言葉を肯定する。その傍らでは白騎士が右腕を持ち上げる。

「なら、全部今ここでまっさらにするか?」

 右腕の先、獣の口から覗く大砲に籠められた弾は契約者の心情を反映したかのような凍てつく冷気の弾。もう片方の竜の頭には相反する灼熱の激情が剣の形を取っている。

「……それこそ、冗談だ」

 今にも仕留めに掛かりそうな白騎士を前に拓真は不敵に笑う。不意に突っ込んでくるのは辛うじて動くだけに過ぎない筈の究極体デクス。白騎士は動揺することなく、無策だと断じて冷気の弾を放つ。――その弾が効力を発することはなかった。
 自壊する究極体の残骸。飛び散る屍肉はすべて白騎士への接触を試み、何かと衝突すればまた爆散する。爆発が起きる度に白い蒸気が舞い上がり、白騎士の視界を塗りつぶす。

「……やられたか」

 意図を見抜く頃には既に手遅れ。煙が晴れる頃には拓真の姿はなく、彼が率いていたレジスタンスの面々は雑兵のデクス含めて跡形もなく姿を消していた。

「さて……何から説明したものか」

 残ったのはトラベラー陣営として戦い生き延びたものだけ。そこにはこの全面対決を持ちかけた男も、他の仲間を戦場から送り返すことを画策した者も存在しない。




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という訳で全面対決は決着。未来の大罪人は敗れて退場し、未来の英雄は何かいいものを手に入れました。めでたしめでたし。

……冗談抜きで、まだ続きます。でも、わりと細部は決まってなかったりするので、一旦整理してからになるでしょうね。逆を言えばここまではある程度既定路線だった訳で……さて、渡はどうなるものやら。