重いものが苦手な方、長文を嫌う方は、続きを読むのをご遠慮下さい。

日付を越えてしまいましたが、1月31日は友人の誕生日でした。
今は空にいる友人。
死因は自殺、とのこと。


亡くなったことは友達経由で知った。
なぜなのか、いつなのか、詳細はわからぬまま。
自殺して亡くなったらしい、ということしか仲間内ではわからなかった。
学年主任だった先生も知らなくて、逆に訊かれた。
葬儀に参加した人も恐らくいない。
お墓の場所も知らない。
ただ彼女がもうこの世にいないということしかわからない。


知らせをもらった時、非常にショックを受けた。
彼女とは中一からの付き合いで、修学旅行も一緒の班で行動するほど親しかった。
私の家に来たことのある数少ない友人の1人。


その彼女が亡くなった。


事実そのものも驚愕だったけれど、
何より死因が自殺ということが1番のショックだった。

自殺で亡くなること自体が悲しい。
勿論それもある。
私の場合はそれだけではない。
私は大学と大学院で心理カウンセリングの勉強をしてきた身である。
人の役に立ちたくて勉強をしてきたのに、親しい友人すら救えなかった。
苦しみに気付くことすらできなかった。
気付いたところで救えなかったかもしれない。
それでも、今でも申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
助けてあげられなかったことを心から悔やむ。


私がどんなに忙しくてもmixiへのログインやブログ巡りをしたり、
いつでもメールなり電話なりしてきていいと言うのは、
もう二度と彼女のように自殺で友達をなくしたくないから。
現に、家出をした友人がいたり、自殺未遂をしていた友人がいる。
しかも1人、2人ではない。


「死ぬ死ぬ言う奴に限って死にはしないんだ」という人がいる。
どうしてそんなことが言いきれるのだろう。

確かに「死にたい」は「生きたい」を暗示していることが多い。
遺書に「生まれ変わったら…」と記していることが多いことからもそれがわかる。

「死にたい」は「生きたい」のサイン。

上手く望ましいように生きられないから、
全くの別の人生を“生きたい”と思い、肉体的な死をもって再生を試みようとする。
それが自殺なのではないかと私は思う。(一応、文献も読んだ上での見解です)


当然のことながら、死は死でしかない。
輪廻転生という死生観もあるものの、

科学的に証明することは難しいので、それはないと考えるのが妥当。


輪廻転生を否定するつもりはないですよ。
これでも寺の孫娘ですからね。輪廻転生はあると個人的には思う。
ただ立証できないから、科学的には否定するというだけのことです。

転生したとしても、死以前のことを記憶しているわけではないから、
やはり自殺した人と同一人物と考えるのは難しい。


もし「死ぬ死ぬ言う奴に限って死にはしないんだ」という言葉を気にして
「死にたい」を言わなくなったらどうなるか。
「生きたい」「助けてほしい」というサインを受け取ることができずに
事後的に死んだという事実を受け止めるだけになる。


私はできるだけそれを避けたいと思っている。
残された者は本当に悲しいんだよ。。
だからといって、全部のサインを受け取るべきだとも思わないけど。
負担が大きすぎることもあるし。
難しいんだよね、その見極めが。
どう接すべきであるか、も。


一般的には、リスカやアムカをはじめとする心の病に対して、良い印象はないだろう。
傷跡をみていい気分になるなんて人はごく稀。(いるとすれば、いわゆる趣味)
リスカやアムカが社会一般的に望ましい行為ではないことは明らか。
でも、当の本人にとっては、それが最良の手段だったんだよ。きっと。
苦しみ・悲しみから逃れるため、痛みに転嫁して忘れるため、
誰かを腕に見立ててその人(実際は自分の手)を傷つけるため、
もしくは、生きるため、個々人で様々な理由がある。

心が弱っていて、それが最良の手段だと思い込んでいるにすぎない。
心が弱っていることが原因。
(厳密にいえば、不合理な信念にとらわれているだとか言えるけど、
 専門的になるので心の強弱で表現しておきます)

リスカやアムカに至ることは確かにいいこととはいえないけれども
心が弱いこともそう言えるのだろうか。

誰もが、心が弱くなったり強くなったりするもの。
だったら、けして悪いことではないし、責める理由にもならない。
心の病を持つ人への偏見はおかしいと思うよ。私は。


自分もやってた身だから、そう思うのかもしれないけどね。


勉強しているのを知っている皆は、それを気にしてくれて、

メールや電話をするのを控えることがあるようで…。
そんなこと一切気にしないでいいんだよ。
私はもう友達を悲しい原因で失いたくない。
私で救えるものなら、救ってあげたい。
心の病気に対して冷たい眼差しも向けない。
疲弊している人に頑張れなんて言わない。
頑張りたい人に頑張るなとも言わない。
“一緒に頑張ろうよ”。


だから、しんどいときは遠慮なく連絡をしてきて下さい。
内容を話せなくても、つらいってことを伝えるだけでも構わないから。


なんだかめちゃくちゃな文章になっちゃったけど、
最後が私の1番言いたいこと。