おはようございます![]()
もうね、、毎日毎日…託宣和歌が降りてくる。
そして「問い」に対して、。
ドンズバな神の回答が和歌で降りてきて、、
もう、今一体、、いつの時代なのか??
わからなくなるほどで、。
そんなこんなで、、
あまりいつもの日常生活ができてない状況です![]()
⭐︎
先日ブログに書いた問いから、
ある情報をキャッチしたの。
奈良の三輪山の大神神社で観月句会というのがあり、
秋にやるもので、和歌を詠んで出品し、選ばれたらその
観月祭で披露される、、というもの。
で、私は「それ楽しそー
」と思い,問いをたてた。
問い:大神神社の観月句会に託宣和歌を出そうと思いました。大物主様からの託宣和歌は選ばれますか?と。
↓
託宣和歌(神答)
「さかなでも
いなよしまわる
めつけかな
さくはなほこる
めでてあでやか」
↓
現代語訳
「美しい月を愛でる宴にて,酒の肴が運ばれ、人々が楽しげに巡り歩く賑やかな様子をじっと見つめておりますよ。そこには今を盛りと咲く花々(句会の作品や人々)があり、その美しさを愛でては、何と艶やかなことかと楽しんでおります」
と。
その回答にもう1度問いをたててみたの。
問い:選ばれずとも楽しんで歌を詠めばいいということですか?大物主様からの託宣和歌でございましょう?
と。
↓
託宣和歌(神答)
「さきわいで
こもするなれど
みつちなる
さもあらねばと
みつきうたがい」
↓
現代語訳
「幸せを願い,祈りを捧げるのは人の常なれど、三輪の地に鎮まる水神たる私は(人が期待するような)単なる結果や形式にのみ、価値をおいているわけではないのだよ。
(選ばれる,選ばれないといった表面的なことでない場所に,真の献心があるのだから)」
そしてあとから、内側は深くに…
こんな言葉が湧きました。
「選に入ることよりも,神と一体となって月を愛でる純粋な喜びこそが、真の奉納になるのだ」。。と、
伝えてくれてるんだなぁ…と、![]()
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これ。
ほんとうにそうだ。。![]()
って、魂から納得した。
さすが大物主様。
人はすぐに結果を見てしまうけど、、
本当は今ここで,どう在るか?なんだよね。
何かを楽しそう!って思っても、結果を得る、って思考しちゃうと、楽しみですら,執着になってしまう。
ただいまここで。
楽しめばいい。
中秋の名月に大神神社に在るなら
もうそこで美しい月を鑑賞して魂から感動してる。
家のベランダから月を眺めているなら、もうそこで美しい月を鑑賞して魂から感動してる。
それがどの縁起で連なるかは、、
在るに任せればいい。
。。。
ドーンと。
グラウディングしました。
託宣和歌の調べやリズムは、
実は「祈り」になっているのだと、託宣和歌で教えてもらいました。
ただ,降りてきたものを理解するだけでなく
その言霊が、調べが,リズムが音霊にもなっていて
「祈り」になるんだと。
そして現実創造の縁起として、連鎖するのだと。
託宣和歌きらいろいろ教えてもらう毎日。
まだまだついていけないけど、、
ありがたく有り難く,有り難く。
受信しています。
またかくね。
今日もありがとう。
JOYRICA