具体的には差し障りがあるが、…ほにゃららと思われる可能性があると考える、と例えば、正式な文章、論文とか報告書とか、そんななんぞに書かれていたらどう思うだろうか?
あくまで、例えば、の話、もしもの話である。
要するに分からん、という事を言いたいのだろうが、それだけ言うのにこれだけ長々と紙面を使うのは、色々と無駄だと思うが、そういう無駄は割と周りで見かける。
くだらなすぎるが、こういう事をする手合いは、どういうわけか、それでも、仕事場で生き残る。
出来るとか出来ないとか以前に、邪魔しかしない人間に対して、過去に何があろうが、どんな背景がその人にあろうが、今現在進行中の自分たちには、それは問題ではない、不都合をし続けている事が問題なのだが、それは、もう部下とか上司とかの問題ではなく、所属している組織の、重要な問題であると考えるが、大抵は部下にその問題が押し付けらるようだ。
人に迷惑をかけるな、とは当たり前の話だと思っていたが、人に迷惑をかける事の方が当たり前で、世の中そんなものだから戒めの言葉が作られたのだろう。
しかも、昨今、仕事で失敗したら、怒られるのは当然だと思うが、それが当然ではなく、何でもかんでも、パワハラだなんだと言われる。
個人攻撃とか人格攻撃とか、そういうのは断じて許せないが、しかし、どんなに説明しても出来ない人間に、話が全く通じない人間にそれでも、仕事させるのは、これだって、暴言以上に酷いものだと思う。その尻拭いは誰かがやらねばならないのだから。
しかし、その組織特有の論理なんてあると、白も黒に黒も白になる事だってあり得る。それぞれの立場にそれぞれの立場の理由があって、大抵は立場を超えると理解されない。
公務員は、大概、仕事しない例え話として話に登るが、当たり前の話、してる人もいればしない人もいる。目の前に給料泥棒が真面目に座って何かしているふりをしているのを、感情を抑えて自分の仕事をしている人だっているのだ。
コップの中の透明な水に一滴、乃至は、数滴、墨汁を落としても直ぐに雲散霧消する事を稀釈と言うそうだけれど、それも、その水自体が既に良くて灰色悪いと淡墨色なら、もはや希釈し切れているとは言えないと思う。
他人は変えられない、変えられるのは自分のみ、そんな事を改めて言い聞かせている。