本日納骨を終えました。
やらなくてはいけないことだらけで、
ゆっくりと振り返ることもなかったこの一ヶ月半
少しだけ語ろうかなって

義父という言葉はどーもなれません。
家族みんなは
じぃちゃんっていってました。
実は私とさくら父との出会いとじぃちゃんとばぁちゃんとの出会いは
同じ場所、時間でした。
およそ30年少し前・・
当時、さくら父は20代後半、
さくらじぃちゃんは50代後半かな

スキーをバリバリやってるシニアでした。
私の両親とはまったく違う生き方、
そして夫婦がいつも一緒
さくら父と結婚してからも、もちろん
娘たちと一緒に冬はスキー、夏はキャンプと
なんども遊びにいき
娘たちはたくさんの事を教えてもらい、
そして、たくさーん甘えました。
一緒に住んでいたとはいえ、
私たちに依存することはほぼなくて
本当に困ったときだけのSOS

娘たちの理想の男性像でもあるようです

(さくら父ではない
)
)山が好きで
自分の戒名まで考えていて、選んだ漢字には山、雪が入っていたよね

遺影の写真も自分でセレクト

2年前に肝臓ガンを宣告されて、
手術も治療もしないことにきめて
入院するその日まで、
介護の妻を残していくこと
心配していました。
家族みんなで考えた葬儀は
大変だったけど
満足いくものでした('-^*)/
これからは
空の上できっと見守ってくれることとおもい、恥ずかしくない生き方しないとね

要介護2のばぁちゃんのお世話は軽い認知症もあるので、
時としてため息がでることもあります。
でも天国のじぃちゃんが安心できるように、さくら父と仲良く

手を取り合っていきたいとおもいます。
今年は葬儀がつづくさくら家だけど、
もうしばらくはカンベンだね
今頃パピくんとのんびり散歩してくれてるかな

