ヘンリー・ジョージは、1839年9月2日、米国ペンシルベニア州フィラデルフィアで生まれた。父親は宗教出版物を発行する出版者で、米国聖公会の信者だった。下層階級の子だくさん家庭で、ジョージは10人きょうだいの2番目の子だった。
ジョージは、父親に入れられた米国聖公会系の学校に馴染めず、14歳になる前に学校をやめ、輸入業の事務所の事務員になった。その後、外国船の船乗りや活版の植字工、太平洋沿岸の補修船員、あるいは、ゴールドラッシュにわくカナダへ渡り金鉱探しをしたこともあったが、結局カリフォルニアへ戻ってきて、印刷工をへて新聞の編集者になった。

南北戦争が終わると米国では「金メッキ時代」と呼ばれる好況期(西部開拓時代と重なる)に突入する。が、妻子を抱えたヘンリー・ジョージはそのころしばしば無一文になった。彼の目に映るのは好況期とはおよそ言えない貧困の風景だった。
そんなある日、彼はサンフランシスコ湾の岸辺で、通りがかりの御者になんとなしに、
「あの辺の土地はいくらくらいするんだい」
と尋ねてみた。すると、その男は、牝牛がいる彼方の草原を指して、
「よく知らないが、あそこの地主が土地を1エーカー(約4047平方メートル)あたり1000ドルで売るそうだよ」
それを聞いた瞬間、彼の頭に或るひらめきが降りてきた。それは、
「富める者がどんどん富んでいくのに、貧しい者がより貧しくなっていくのはなぜか?」
という、彼が常日頃考えている問いの答えだった。
経営する夕刊紙が廃刊となり、36歳の文無し男となったジョージは自分の考えを文章に書いた。そのなかで彼は、人口が集中すると、地価が上がり、そのあおりを食って労働者たちはより多くのお金を地主に支払わなくてはならなくなるという社会のメカニズムを暴いた。土地所有者や富の独占者たちが、社会の技術的進歩によって生み出された富を所有し、その家賃や土地使用料を支払わなくてはならない貧困者たちの貧困が、社会の進歩によりさらに進む。不労所得の集中が貧困の主な原因であると論じた。
40歳のときに出版されたその本『進歩と貧困』は、発売されるや300万部を売る大ベストセラーとなった。一躍有名作家となったヘンリーは、東海岸ニューヨークに引っ越し、アイルランド独立問題やスコットランドの土地問題に関わり、ニューヨーク市長選に出馬した後、1897年10月、2度目の挑戦で出馬したニューヨーク市長選の選挙中に脳卒中で没した。58歳。投票日の4日前だった。葬儀には十万人の弔問客が押し寄せた。

ヘンリー・ジョージが主張した単一税(シングル・タックス)は土地単一税で、かんたんに言うと、いろいろな税金をすべてやめて、土地だけに税金をかける、すると、世の中の経済はうまくいく、という理論である。この理論は「ジョージズム」とも呼ばれる。
「ジョージズム」によれば、地価税のみを残し、ほかのあらゆる税を廃止すれば、とうぜん高率の地価税を設定しなければならない、すると地主は自分の土地に高い値段をつけると損になるので、地価は下落せざるを得なくなる、という。

米国で所得税が本格的にスタートするのは、20世紀に入ってからのことで、まだ所得税が定着していなかった時代の話である。ヘンリー・ジョージの主張した単一税の理論は強く響き、多くの支持者をもち、全米各地に単一税を考えるクラブができ、実際にそれをやってみようという実験的コミュニティーも生まれた。
(2026年9月2日)


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