6月25日は、漫画家、本宮ひろ志が生まれた日(1947年)だが、アントニ・ガウディの誕生日でもある。
アントニ・ガウディは、1852年、スペインのカタルーニャ地方、タラゴナで生まれた。父親は銅製の鍋や釜を作る銅細工師で、アントニは、5番目の子だった。
小さいころ病弱だったアントニは、絵を描き、学校の演劇の際に大道具や小道具を作るのが好きな子どもだった。
彼は21歳からバルセロナで建築を学び、いくつかの建築事務所で働き、26歳のとき建築士の免許を得、パリ万博に出典する手袋の店のためにショーケースをデザインした。それがたまたま実業家エウセビオ・グエルの目に止まった。グエルは、グエル邸、コロニア・グエル教会地下聖堂、グエル公園などの設計をガウディに依頼した。そして1883年、31歳のとき、聖家族教会(サグラダ・ファミリア)の専任建築家に推薦された。
聖家族教会は、すべて個人の寄付によって建設費を集めて建てようと計画された教会で、すでにべつの建築士が無償で引き受け、着工していた。でも、意見がぶつかり、建築士が下りてしまっていた。その後任として使命されたのがガウディで、彼は設計を一からやり直し、巨大な教会建築に取り組んだ。
1926年6月、バルセロナでホームレスらしい風体の男が路面電車にはねられた。男は、その3日後に死亡した。それがガウディだった。73歳だった。生涯独身だったガウディは、身なりに気をつかわず、彼と気づかれず、手当てが遅れたのだった。
彼がすべてを注ぎ込んで没頭した聖家族教会は、着工から百年以上たった現在なお建造中である。
「密林の聖者」シュヴァイツァー博士は、ガウディと話したことがあるそうだ。聖家族教会のおそらく聖バルナバの鐘楼塔の玄関ができた頃で、ガウディはこの建築の三位一体の構造について説明し、玄関わきの石彫刻に感心する博士にこう言ったそうだ。
「このロバは作りものではないと感じたところを見ると、あんたはいくらか芸術がわかるな」(竹山道雄訳「わが生活と思想より」『シュヴァイツァー選集2』白水社)
ひもに重りをつけてたらした形を、上下さかさにひっくり返した造形。
その土地の地形をなるかけ生かし、石などその場所でとれた材料を生かした建造。
角のない、すべてが曲面で構成された建築物。
ガウディの建築は、それまでに類を見ない、強烈に個性的なものだった。
いまでこそガウディは有名で、みんながこぞって彼の建築をほめるけれど、はじめて見たとき、自分はそういう感想をもたなかった。個性的だが、異様で気味が悪かった。レンガがいまにも崩れてきそうに組み合わされた教会の天井など悪趣味に感じた。
バルセロナの「カサ・ミラ」アパートなどもおどろおどろしい感じで、なかに住んでいる人はどんな気持ちかしら、といぶかっていた。日々不安定な気持ちなのでは、と。埴谷雄高も同じ疑念を漏らしていた。
先日、テレビを見ていたら「カサ・ミラ」にテレビカメラが入り、住人にインタビューしていた。住人は品のよさそうな老婦人で、とても住み心地がいいと言っていた。天井にガウディが描いた絵があったりして、芸術に囲まれていて、気持ちがよい、と。室内は明るく、なかなか感じがよかった。現在は世界遺産に登録されているそうだ。
(2026年6月25日)
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