5月15日は、米国の芸術家ジャスパー・ジョーンズが生まれた日(1930年)だが、ロシアの微生物学者イリヤ・メチニコフの誕生日でもある。

イリヤ・イリイチ・メチニコフは1845年、現在ウクライナのハルキウ州(当時ロシア帝国だったハルコフ県イワノフカ村)で生まれた。父親は草原地帯の地主で帝国警備隊の将校で、母親はユダヤ人の出身だった。幼い頃から博物学に詳しかった彼は、弟たちに植物学や地質学博物学の講義をしていたという。裕福な家庭の子息だった彼は11歳でハルコフ・リセに入学し、生物学に関心を深めた。
ハルコフ帝国大学に入学し、2年間で4年間の学位を取得した秀才だった彼は、19歳のときドイツに渡り、北海の小さな島ヘリゴランドで海洋動物相を研究した。彼は線虫を研究し、ギーセン大学に入り、そこで扁平虫の細胞内消化を発見した。ゲッティンゲン大学をへて、20歳でロシアへ戻り、サンクトペテルブルク大学で博士号を取得。無脊椎動物の胚における胚層の発達に関する研究で、彼はカール・エルンスト・フォン・ベア賞を受賞した。 
22歳のとき、インペリアル・ノヴォロシヤ大学(現在のウクライナ・オデッサ大学)の教壇に立ったが、生徒たちは彼より年上だった。
その後、他の教授たちと学内体制をめぐって対立し、いったんサンクトペテルブルク大学に移った後、再びオデッサに戻り、動物学と比較解剖学の暫定教授に就任した。
その後も、ロシアの政治事件や学内政治の影響を受けて異動し、イタリア・シチリアで研究所を立ち上げた後、かねて親交のあった「近代細菌学の開祖」ルイ・パスツールのつてでフランス・パリのパスツール研究所の所長となり、そこで研究を続けた。

メチニコフは、ミジンコなどに、体外から侵入した異物を取り込み、消化する細胞があることを発見した。さらに、動物が炎症を起こすと、血液の白血球が炎症部位に集まることも発見。これは、細菌が白血球によって駆逐されているのだとの仮説を立てた。
彼は、病原体を取り囲んで殺すことができる細胞について論文を発表した。
当時、ルイ・パスツールなど細菌学者の権威たちは、白血球は病原体を取り込み、さらに体内に広げると考えていて、メチニコフの学説を疑問視したらしい。
しかし、彼の学説を支持する学者たちの実証実験によって、彼の学説は証明され、1908年、63歳のとき、彼はパウル・エールリヒと共にノーベル生理学・医学賞を受賞した。
メチニコフはその後もコレラ感染の研究や、老化と乳酸菌の研究を続けた後、1916年7月、心不全のためパリで没した。71歳だった。

メチニコフは文豪トルストイとも親交があり、トルストイの小説「イワン・イリイッチの死」の主人公のモデルは、メチニコフの長兄だという。
ばい菌が体内に入ると白血球が取り囲んでこれを退治するという、現代人の常識はメチニコフの遺産である。また、カフカス(コーカサス)地方に長寿が多いのは、ヨーグルトなど乳酸菌のおかげではないかと最初に推測したひとりが彼である。
彼は腸内雑菌が老化の原因であり、乳酸菌が腸内雑菌を退治すると考えていたという。乳酸菌のほとんどは胃で死滅し、腸までたどりつく可能性は少ないというが、メチニコフは死の間際にヨーグルトを食べ、こう依頼したそうだ。
「自分の遺体を調べてくれ。ヨーグルトを食べた効果を。腸のあたりだと思う」と。
(2026年5月15日)

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