5月5日は端午の節句。この日は言語学者、金田一京助博士が生まれた日(1882年)だが、経済学史上の巨人、カール・マルクスの誕生日でもある。

カール・マルクスは、1818年、現在のドイツ(当時プロイセン王国)のトリーアで生まれた。ユダヤ人のラビ(ユダヤ教の学者、教師、宗教的指導者)を輩出してきた家系で、父親は弁護士だった。カールは9人きょうだいの上から3番目だった。当時プロイセン王国では反ユダヤ主義の風潮が強まり、マルクス家の人々は次々とプロテスタントに改宗した。
ギリシャ語やラテン語、歴史、古典などに優秀な成績を示したカール・マルクスは、詩人志望の文学青年だったが、父親の希望にしたがい、大学は法学部へ進んだ。大学時代は、法学よりむしろ哲学を好む、借金してまで遊びまわる放蕩学生だった。
一度は哲学の学者として身を立てようとしたマルクスだったが、就職が困難とみて、彼は自由主義的・反体制的な「ライン新聞」の主筆を務めた。そのころ、生涯の親友となる社会思想家、フリードリヒ・エンゲルスと知り合った。言論弾圧により「ライン新聞」が廃刊に追い込まれ、マルクスはプロイセンにいられなくなり、結婚した新婦イェニーを連れて、25歳のとき仏パリに移住した。フランスでも文筆家として活動し、貧窮の辛酸をなめつづけたマルクスは、30歳でプロイセンのケルンへ行き、革命を扇動する「新ライン新聞」を発行した。が、これもまた弾圧にあい翌年には廃刊に追い込まれ、マルクス自身もプロイセンから国外追放の処分を受けた。母国にいられなくなったマルクスは英国へ渡り、31歳から以降は、英国ロンドンを本拠地とする無国籍者として、盟友エンゲルスからの経済的援助を受けながら研究・言論活動に励むことになった。
社会や経済の仕組みについて研究を進めるうちに、マルクスの思想はしだいに共産主義者の結集、労働者階級の連帯へと傾いていき、29歳で英国ロンドンで「共産主義者同盟」の第一回大会を開き、46歳のときロンドンで第一インターナショナルを創設した。

マルクスは30歳のとき、彼より2つ年下の盟友エンゲルスとの共著『共産党宣言』を出版した後、32歳のころからロンドンの大英博物館に通って経済の研究に没頭しだし、40代に入って『経済学批判』『価値、価格および利潤』、それから大著『資本論』の第一巻を刊行した。1883年3月14日の昼間、かねてより貧困と肝臓肥大に悩まされていたマルクスは、ロンドンの自宅の椅子にすわったまま亡くなっているのを発見された。64歳だった。

未完となった大著『資本論』は、彼の死後、エンゲルスによって遺された草稿がまとめられ、第二巻、第三巻として刊行された。また、現代では彼やエンゲルスが遺した草稿や未発表の文書を検討・整理、刊行するプロジェクト「メガ」が進行中である。

マルクスは資本主義経済の仕組みをつぶさに観察して、貨幣、商品価格、労働賃金、利潤、剰余価値などの性質を見極め、それらがどのようにして生みだされるのか究明した。さらに彼は、剰余価値が資本として積み上げられ、集まった資本がどう動いていくか、それが労働者たちをどういう境涯へ追いやるかといった運動についても説明してみせた。そうやって経済社会の仕組みを学問的に解明し、それまで当たり前にあるのものとして受け止められていた資本主義の経済システムが、じつは矛盾に満ちた、欠点の多い一時的な人工物で、それが永遠に続くわけでもないことを喝破した。
20世紀にもっとも大きな影響を与えた人物のひとりとされるマルクスは、従来の経済学を批判し、その批判の上にみずからの経済学を立ち上げた、弁証法的な理論構築家だった。
(2026年5月5日)

●おすすめの電子書籍!
『大人のための世界偉人物語2』(金原義明)
人生の深淵に迫る伝記集 第2弾。ニュートン、ゲーテ、モーツァルト、フロイト、マッカートニー、ビル・ゲイツ……などなど、古今東西30人の生きざまを紹介。偉人たちの意外な素顔、実像を描き、人生の真実を解き明かす。人生を一緒に歩む友として座右の書としたい一冊。


●電子書籍は明鏡舎。
https://www.meikyosha.jp