2月3日は、フランスの女性哲学者、シモーヌ・ヴェイユが生まれた日(1909年)だが、米国の心理学者、ジョージ・ミラーの誕生日でもある。

ジョージ・アーミテイジ・ミラーは1920年、米国ウェスト・ヴァージニア州のチャールストンで生まれた。父親は鉄鋼会社の重役だった。生まれてほどなくして両親が離婚し、ジョージは母親の連れ子となって大不況時代を過ごし、チャールストン高校を卒業した後、母親の再婚相手といっしょに暮らすようになり、はじめワシントンDCのジョージ・ワシントン大学、引っ越して後はアラバマ州のアラバマ大学で学んだ。彼の一家は、病気は身体より精神、心が原因であると考えるクリスチャン・サイエンスというキリスト教の新派に参加していて、ジョージもその影響を受けた。
ことばによるコミュニケーションと心理学に関心を深めたミラーは、第二次世界大戦中、アラバマ大学で心理学の入門コースを2年間教えた後、マサチューセッツ州のハーヴァード大学で心理学を研究、米軍の音声コミュニケーションの状況を調査した。彼がまとめた論文は、とうぜんのことではあるが、米軍の最高機密として扱われた。
28歳でハーヴァード大の心理学の助教授となったミラーは、話すことと聞くことの研究を進め、31歳のとき、彼の主著のひとつ『言語とコミュニケーション』を発表した。
その後、マサチューセッツ工科大学の心理学助教授となったミラーは、リンカーン研究所の心理学グループをけん引し、音声コミュニケーションと人間工学の研究を重ね、35歳のとき、その成果である「マジカル・ナンバー7、プラス・マイナス2」の学説を発表し、これは認識心理学の記念碑的成果となった。
「原爆の父」ロバート・オッペンハイマーといっしょにスカッシュをし、哲学者ノーム・チョムスキーと家族ぐるみの親交を結び、LSD関連の研究で名高いティモシー・リアリーをハーヴァードへ招くのに尽力したミラーは、ハーヴァードのほか、ロックフェラー大、プリンストン大でも教鞭をとった。
アメリカ心理学会会長を務め、ゴルフが趣味だったミラーは、2012年7月、進行した認知症と肺炎のため、ニュージャージー州プレインズボロの自宅で没した。92歳だった。

ジョージ・ミラーは、行動主義心理学から出発し、行動の奥にある精神のメカニズムへ踏み込もうと進んだ認知心理学の人である。

「マジカル・ナンバー7」は、要するに、人間の一時的な記憶の容量には限界があって、それには個人差はあまりなく、人が一度に覚えられるのは、7個の要素であり、個人差があっても、それはプラス・マイナス2程度だ、という理論である。
ミラーは、さまざまな実験、調査を重ねて、この「魔法の数字7」を導きだした。
ぱっと見て、短期記憶に残るのは、せいぜい5個から9個くらい(繰り返し暗唱して記憶、学習するのなら、話はまたべつ)。
弘法大師ならいざ知れず、凡夫は、テーブル上のリモコンは5個以下にしておいたほうが身のためである。自分のキャパシティーを超えると、途端にすべてわからなくなってしまう。

短期記憶について、近年ではネルソン・コーワンの「4プラス・マイナス1」という説もあるが、いずれ、記憶とは多くの場合、苦いものだ。いやなことばかりよく思いだされる。
「一瞬一瞬を死ね」と言ったクリシュナムルティではないが、明るい気分で生きていくのに大事なのは、記憶の強化でなく、むしろ消去なのかもしれない。
(2026年2月3日)

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