ファッションデザイナー、アン・クラインは、1923年8月3日、米国ニューヨークで生まれた。
 本名は、ハンナ・ゴロフスキ。
 ブルックリンに住むユダヤ人家庭の出身である。
 女子商業高校で学んだハンナは後にファッションの専門学校にも通った。15歳のとき、マンハッタンの七番街でファッションのスケッチャー(デザイン画描き)として働きはじめた。やがて女性服のデザイナーとして頭角を現した彼女は、25歳のときに、同じくファッション業界で働くベン・クラインと結婚し「アン・クライン」となった。
 彼ら夫婦は、若い女性向けにエレガントな服を提供する「ジュニア・ソフィストケイツ」ブランドを興した。アン・クラインはそこのチーフデザイナーとして活躍した。
 最初の夫と離婚した後、再婚した夫とともに、45歳のとき「アン・クライン社」を設立。
 クラインは、新しいデザイン感覚によって、米国の伝統的なボタンとリボンで飾られた「少女らしい服」を過去のものに追いやってしまった。
 そうして、もっと洗練された、スタイリッシュな、大人びたデザインを、1950年代の若いアメリカ女性たちに提供し、大成功を収めた。
 ファッション業界の数々の賞を受賞した後、クラインは1974年3月、乳ガンのため没した。50歳だった。
 彼女の死後も、「アン・クライン」ブランドは、服やベルトのほか、靴、時計などさまざまな装身具まで幅を広げながら発展を遂げ、多くのデザイナーを輩出している。

 アン・クラインは女性服のデザイナーだが、モデルかと見まがう美形である。
 はじめ写真を見たとき、ジーン・セバーグかオードリー・ヘップバーンかしらと目をみはったが、キャプションを見ると、ちがって、女性服デザイナーだったのである。
 外見と中身はちがうとは言うものの、それらは相互に影響し合っている。
 ファッションについて筆者は朴念仁なのだけれど、敬愛するデヴィッド・ボウイなどを見ると、そのときどきのファッションと、折々の思想やメッセージが密接につながっていて、感心する。やっぱり美意識というのは、服装に出る、と。
 日本人の場合は、服装のファッションが、それを着る人の思想と密接に関係している度合いは低いようだが、米国では、しばしばフッションセンスがそのまま、その人の考え方を表していたりする。
 アン・クラインの大人らしい洗練されたデザインは、それを着る若い女性たちの時代精神とマッチして、新しい時代の風を起こした。
 そして、彼女によって覚醒された時代感覚は、より洗練されたオフィス・カジュアルウェアの方向と、それとは正反対の、ジーンズにバーケンストックのサンダルといった自然派的、対抗文化的な方向へと、両極端に分かれて発展していった、と言っていいだろう。
 1990年代の、わざとボロボロなものを着るグランジ・ファッションも、そうした発展と揺り返しの延長線上に必然的に生まれてきたものと言えよう。

 アン・クラインはこう言っている。
「Clothes aren't going to change the world, the women who wear them will.(服は世界を変えたりしない。服を着る女性たちが変えるのよ)」(Goodreads, Inc.)
(2025年8月3日)

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