3月23日は、精神分析学者エーリヒ・フロムが生まれた日(1900年)だが、映画監督、黒澤明の誕生日でもある。
黒澤明は、1910年に東京で生まれた。4男4女の末っ子で、父親は元軍人の体育教師だった。
中学時代にロシア文学に傾倒した黒澤明は、画家志望だったが、その道を断念し、映画制作会社に入社。助監督をへて、33歳のとき、「姿三四郎」で監督デビュー。以後、「わが青春に悔なし」「素晴らしき日曜日」「醉いどれ天使」「羅生門」「生きる」「七人の侍」「蜘蛛巣城」「隠し砦の三悪人」「椿三十郎」「天国と地獄」「デルス・ウザーラ」「影武者」「夢」など名作を発表。
1998年9月、脳卒中により没。88歳だった。準備していた次回予定作は「雨あがる」だった。
黒澤明は41歳のころ、大好きだったドストエフスキー原作の「白痴」を日本を舞台にして映画化した。しかし、完成版は4時間半近い大作で、映画会社の意向によって2時間近くがカットされ、ぶつ切りになって公開された。するとこれが大不評で、あちこちの映画評でたたきにたたかれ、この映画に関わったスタッフはみな左遷され、黒澤が予定していたつぎの映画の仕事も、ことごとくキャンセルされた。
仕事がなくなった黒澤は、多摩川に釣りに出かけた。川岸に着いて釣り竿を振った。ところが、仕掛けがなにかに引っかかって切れてしまった。ついていないときは、なにをやってもだめだ、と思ったという。
それで、釣りをしないまま家に帰ってきた。すると、「白痴」の前年に公開した「羅生門」がヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞したとの報せが届いて、自宅にマスコミが押し寄せ、大騒ぎになっていた。事態は一変した。黒澤には次回作をぜひとのオファーが殺到し、左遷されていたスタッフはみな呼び戻された。黒澤明は言っている。
「世の中、ずいぶんはっきりしてやがる、と思ったね」
数ある黒澤映画の名作のなかで、どれが最高傑作かと問うてみると、「生きる」をあげる人もいるし、やっぱり「七人の侍」だと言う人、あるいは「影武者」、いやいやシェークスピア原作の「蜘蛛巣城」だろう、「スター・ウォーズ」の元になった「隠し砦の三悪人」にちがいない……などなど、人によってまちまちである。
「羅生門」が好きで、あの映画のなかで、世界ではじめて太陽にカメラレンズを向けたと言われる有名なシーンがまず美しいし、そしてなにより、森のなかで三船敏郎と森雅之が一対一で殺し合うシーンの緊張感がことばもないほどにすばらしかった。二人だけしかいない場所で、やるかやられるか、延々と戦う、その怖さといったらなかった。
それまでの映画では、「えい、やあ」「やられたぁ」で、かんたんに人を殺していたけれど、人の命をあやめるというのは、ほんとうはそんなものじゃない、ものすごく恐ろしいことなのだ、と黒澤明のリアリズムに教わった。
黒澤というと、ヒューマニズム、ダイナミズムの監督として有名だが、リアル。現実味。これこそが、黒澤明が世界映画に衝撃を与えた核心である。
(2025年3月23日)
●おすすめの電子書籍!
『映画監督論』(金原義明)
古今東西の映画監督30人の生涯とその作品を論じた映画人物評論集。監督論。人と作品による映画史。チャップリン、溝口健二、ディズニー、黒澤明、パゾリーニ、ゴダール、トリュフォー、宮崎駿、北野武、黒沢清などなど。百年間の映画史を総括する知的追求。
●電子書籍は明鏡舎。
http://www.meikyosha.jp
