1月17日は、プロボクサーのモハメド・アリが生まれた日(1942年)だが、ヘアードレッサー、ヴィダル・サスーンの誕生日でもある。

ヴィダル・サスーンは、1928年日、英国イングランドのロンドンで生まれた。両親ともにユダヤ系で、彼の父親は、サスーンが3歳のとき、彼ら母子を捨てて出ていった。母親は、サスーンと彼の弟をユダヤの孤児院へ預けた。母親は月に一度面会に来られるだけで、親といっしょの外出も許されない孤児院だったが、そこに彼ら兄弟は7年間いた。
7年後、母親は再婚し、彼らを引き取った。
第二次世界大戦がはじまったとき、サスーンは年齢が若すぎて軍隊に入れなかったため、ユダヤ人の退役軍人で編成された非正規軍に参加した。戦争が終わり、ユダヤ人の国、イスラエルが建国されると、彼はイスラエル国防軍の前身であるハガナの組織に、20歳で入隊し、第一次中東戦争に従軍した。
その後、サスーンは英国ロンドンにもどり、レイモンド・ベッソンの美容室で修行した。
「彼がわたしに、どうやって髪を切るかを教えてくれたんだ。彼がいなかったら、わたしはなにも成し得なかっただろう」
後年、サスーンはそうふり返っている。
26歳のとき、ロンドンに最初の自分の店をオープン。余分なものをそぎ落とし、基本的な恰好にカットしていく、というのが彼のポリシーで、35歳のとき、女性のための短い、角張ったヘアスタイルを創造。
37歳のとき、ニューヨークへ進出。以後、世界的なヘアドレッサーとなり、世界各地に美容室をチェーン展開し、あわせて美容製品のブランドを立ち上げ、実業家として大成功を収めた。
1980年代のヴィダル・サスーンの広告のキャッチコピーはこんなものだった。
「あなたがきれいに見えなければ、わたしたちもきれいに見えない」
後年、事業を売却したサスーンは、反ユダヤ主義の研究に尽力するとともに、慈善事業にも力を入れた。2005年、米国南部に、ハリケーン・カトリーナによって大きな被害がでたときも、彼はヴィダル・サスーン基金を通して、積極的に被災者支援に動いた。
彼は2012年5月、米国ロサンゼルスで没した。84歳だった。

きびしい環境から出発したハンディをものともせず、女性の髪の毛だけを見つめて仕事をしつづけ、大事業家になり、得た富みをまた社会に還元しようとした、まことに立派な人生だった。よく「ユダヤ人は商売がうまい」といわれるが、その前にユダヤ人は、勤勉である。自分が知り合ったユダヤ人のヨシュアをそうだった。まったくよく働く。えらいと思う。見習いたい。
自分の好きな、サスーンのことばにこういうのがある。
「成功が労働の前にやってくる、ただひとつの場所は、辞書のなかである」
(The only place where success comes before work is in a dictionary.)
さすが、ヘアドレッサー、いうこともおしゃれだ。
(2025年1月17日)


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