1月16日は、トップモデル、ケイト・モスが生まれた日(1974年)だが、米国の思想家、スーザン・ソンタグの誕生日でもある。

スーザン・ソンタグは、1933年1月16日、米国ニューヨーク市に生まれた。両親ともにユダヤ人だが、彼女の父親は毛皮の貿易商で、彼女が5歳のときに、中国で結核で没した。
未亡人となったスーザンの母親は、米国陸軍士官のネイサン・ソンタグと結婚した。ソンタグ士官は、連れ子であるスーザンを正式には養子にしなかったが、スーザンは義父の姓である「ソンタグ」の名を名乗るようになった。
17歳のとき、シカゴ大学で勉強していたスーザンは、同大学の社会学の講師と結婚。以後、8年間、結婚はつづいた。
30歳のとき、小説『保護者(The Benefactor)』で作家としてデビュー。
33歳のとき、評論エッセイ『反解釈』出版。
そして、『ラディカルな意志のスタイル(Styles of Radical Will)』がでたのは、36歳のときである。
ソンタグは、米国のリベラル派の知識人の代表として発言をつづけ、2004年、71歳のとき、骨髄性白血病により、ニューヨークで亡くなった。墓はフランス、パリのモンパルナスにある。

スーザン・ソンタグは晩年に自身をふり返って、生涯に9回恋をしたといったそうだ。
そのうち、5回の相手は女性で、4回は男性だったという。
15歳のとき、自身のレスビアンに目覚め、16歳のときに最初のレスビアン体験をしている。
その後、男性と結婚もしているし、また女性とも恋に落ちたりもした。
バイ・セクシュアルな人なのである。

バイ・セクシュアル。オスカー・ワイルド、ミック・ジャガー、デヴィッド・ボウイ……と、バイ・セクシュアルは英国では文化人の伝統である。日本でも織田信長や前田利家、宮本武蔵、代々の徳川将軍など、歴史的に常識だった。そしてスーザン・ソンタグ。
こうしてみてくると、やっぱりバイ・セクシュアルの人は、えらいのかもしれない。
筆者も若いころは外国へ行くと、けっこうその手の誘いを受けたものだが、なかなか踏み切れないものがあって、わが勇気のなさを痛感するばかりなのだけれど、観念的には、同性か異性の一方しか選ぶことのできないヘテロセクシュアルや、ホモセクシュアルの人よりも、やっぱりバイ・セクシュアルの人のほうが、受け入れる間口が広いわけだし、心を全人類に対して開いている点で、大きいのだろう。(この辺の考え方は、性差別について意識の低い一般の日本人には理解しづらいかもしれない。)

「いかなる時代にも、その時代に適わしい『精神性』の目標が新たに発明されなければならない。」(川口喬一訳、晶文社)
という清々しいマニフェストで始まるスーザン・ソンタグの評論エッセイ『ラディカルな意志のスタイル』は大好きなタイトルのひとつで、自分はこの書を持っていて、これまでに何度も読もうとした。でも、いつも数ページ読んで挫折する、いまも挑戦中である。自分にとってのK2である。いつの日か、きっと登りたい、はるかな高峰である。
(2025年1月16日)



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