1月10日は、映画監督、エイゼンシュテインが生まれた日(1898年)だが、フランスの実業家、ティエリー・エルメスの誕生日でもある。高級ブランド・エルメスの創業者である。

ティエリー・エルメスは、1801年、当時はフランス領だったクレーフェルトで生まれた。ライン川左岸にあるクレーフェルトは、現在はドイツの町だが、1799年にクーデターでフランスを掌握したナポレオン・ボナパルトが破竹の勢いで革命を輸出した(つまり周辺国を侵略した)結果、1801年当時はすべてのライン川以西と同様、フランス領に組み入れられていた。
エルメス家の家業は宿屋で、ティエリーの父親もまたティエリーで、父子は同じ名前だった。息子の小ティエリーは、6番目の子どもだった。
相次ぐ戦乱と病気により家族すべてを失い、孤児となった小ティエリーは、フランス国籍を頼りに、20歳のとき、フランスの中心へと移動し、革製品を作る腕を鍛え、36歳のときに鞍(くら)や馬車の道具を商う店をパリ近郊のグラン・ブールヴァールに開いた。
彼はさらにパリのバス=デュ=ルンパール通りに馬具店を出し、乗馬具、馬車製品を製造販売した。エルメスの馬具の強みは、鞍をろうがけされた糸で手縫いして仕上げるしっかりした技術で、彼の店の顧客には、ナポレオン三世、その妃ウジェニーほか時の権力者、富裕層が名を連ねた。
顧客の支持を得たエルメスの商品は、やがて馬具から、旅行カバン、ハンドバッグ、ジッパー(ファスナー)へと広がっていった。エルメス家の家業は、息子のシャルル=エミール・エルメス、孫のエミール=モーリス・エルメスへと受け継がれ、発展していった。
創業者ティエリーは、1878年1月10日、77歳の誕生日にパリ郊外で没した。
戦争孤児から身を起こし、一大事業を興した、たいした人生であった。

その後、彼の息子シャルル=エミールや、孫エミール=モーリスらが家業を受け継ぎ、馬車の時代から自動車、鉄道の時代にも対応できる旅行カバン、ハンドバッグ、装身具、香水などへと商品のラインナップを拡充・変化させ、エルメス・ブランドは時代のニーズに対応して繁栄してきた。
結果、エルメスは全世界へと流布し、急成長を遂げ、20世紀、21世紀の航空機時代にいたってなお、品質の信頼高い世界的高級ブランドとして君臨している。

日本では、ネット上の2ちゃんねるの書きこみ恋愛日記「電車男」のなかで、ヒロインがエルメスのティーカップを主人公に贈ったことから「エルメス」と呼ばれるようになり、この話が書籍化、テレビドラマ化、映画化され社会現象となった。

エルメス(Hermes)は、フランス語ではHの音を発音しないので「エルメス」だが、もともと「ヘルメス」、ギリシャ神話の神さまの名前である。ヘルメスは、主神ゼウスの言伝を預かり、翼をもったサンダルで、地上、地獄、天上を、まさしく神速をもって飛び回って伝える伝令の神である。ゼウスとともに旅をしての挿話も多い。
苗字にこういう神さまの名前を授かっているエルメス家は、宿屋、馬具、旅行カバン、バッグ、装身具と移動・旅に関わる商売で発展してきた。自分の家名、宿命を信じての家業なら、迷いもない、一生を捧げて悔いはない。起業家の志のいいお手本である。
(2025年1月10日)



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