12月17日は、米国ノースカロライナのライト兄弟がはじめて飛行機で飛ぶのに成功した日(1903年)だが、「楽聖」ベートーヴェンの洗礼日でもある。
ベートーヴェンの誕生日は正確にはわかっていないらしい。ただ、1770年の12月17日に洗礼を受けた記録があるという。
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンは1770年、現代のドイツのボンで生まれた。父親はアルコール依存症の音楽家で、ルートヴィヒは早く音楽家として働いて父親の酒代を稼ぐようにと、小さいころから父親から音楽のきびしいスパルタ教育を受け、ルートヴィヒはこの父親を終生憎んでいたという。
16歳のとき、ルートヴィヒはモーツァルトに弟子入りして、2週間ほどの期間だったが、この天才のもとで勉強し、22歳のときにはハイドンに弟子入りした。
ベートーヴェンは26歳のころから、耳鳴りがするようになり、しだいに音楽が聞こえなくなり、会話もできなくなった。筆談用にいつも会話帳をたずさえるようになった。
難聴は音楽家にとって「致命的」で、ベートーヴェンは絶望し、31歳のときには遺書までしたためている。
しかし、ベートーヴェンは不自由な耳のまま作曲を続けた。絶望的な状況のなかで、世界の至宝ともいうべき名曲は産みだされていった。
30歳の年に初演された第一交響曲や、33歳の第二交響曲によって、ベートーヴェンは、押しも押されもしない同時代の最重要作曲家のひとりと目されるようになり、38歳のときに第五交響曲「運命」と、第六交響曲「田園」を初演して、音楽界に衝撃を与えた。
53歳で第九交響曲「合唱」を完成。そのころには、耳は完全に聞こえない状態だった。
聴覚障害のほか、慢性的に腹痛、下痢に苦しめられた苦闘の作曲家人生を送った後、ベートーヴェンは1827年3月、ウィーンで没した。56歳で亡くなった。雷が落ち、その音が響き渡った、まさにそのときに息をひきとったという。
ベートーヴェンの死因には、鉛中毒によるなど、さまさまな説がある。
また、彼の難聴の原因については、発疹チフスや免疫性の病気のせいだとか、あるいは、ベートーヴェンは眠気を払うために冷たい水に頭をつけることをよくしていて、そのためだという説もあるが、はっきりしたことはわかっていないらしい。
彼の遺体を解剖すると、内耳がふくれて大きくなっていたという。
やはり、ベートーヴェンは好きである。
あの人間のドラマが感じられるところがいい。人は苦しみ、悩み、挫折する。しかし、それを乗り越えて、進み、さらなる高みへのぼっていく。そういうドラマティックな生きざまが感じられ、それが人間賛歌たりえている点が、ベートーヴェンの音楽の特質である。
フルトヴェングラーは言った。「ベートーヴェンは45度の角度で上昇する」
(2024年12月17日)
●おすすめの電子書籍!
『大音楽家たちの生涯』(原鏡介)
古今東西の大音楽家たちの生涯、作品を検証する人物評伝。彼らがどんな生を送り、いかにして作品を創造したかに迫る。バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、ショパンから、シェーンベルク、カラヤン、ジョン・ケージ、小澤征爾、中村紘子まで。音の美的感覚を広げるクラシック音楽史。
●電子書籍は明鏡舎。
https://www.meikyosha.jp

ベートーヴェンの誕生日は正確にはわかっていないらしい。ただ、1770年の12月17日に洗礼を受けた記録があるという。
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンは1770年、現代のドイツのボンで生まれた。父親はアルコール依存症の音楽家で、ルートヴィヒは早く音楽家として働いて父親の酒代を稼ぐようにと、小さいころから父親から音楽のきびしいスパルタ教育を受け、ルートヴィヒはこの父親を終生憎んでいたという。
16歳のとき、ルートヴィヒはモーツァルトに弟子入りして、2週間ほどの期間だったが、この天才のもとで勉強し、22歳のときにはハイドンに弟子入りした。
ベートーヴェンは26歳のころから、耳鳴りがするようになり、しだいに音楽が聞こえなくなり、会話もできなくなった。筆談用にいつも会話帳をたずさえるようになった。
難聴は音楽家にとって「致命的」で、ベートーヴェンは絶望し、31歳のときには遺書までしたためている。
しかし、ベートーヴェンは不自由な耳のまま作曲を続けた。絶望的な状況のなかで、世界の至宝ともいうべき名曲は産みだされていった。
30歳の年に初演された第一交響曲や、33歳の第二交響曲によって、ベートーヴェンは、押しも押されもしない同時代の最重要作曲家のひとりと目されるようになり、38歳のときに第五交響曲「運命」と、第六交響曲「田園」を初演して、音楽界に衝撃を与えた。
53歳で第九交響曲「合唱」を完成。そのころには、耳は完全に聞こえない状態だった。
聴覚障害のほか、慢性的に腹痛、下痢に苦しめられた苦闘の作曲家人生を送った後、ベートーヴェンは1827年3月、ウィーンで没した。56歳で亡くなった。雷が落ち、その音が響き渡った、まさにそのときに息をひきとったという。
ベートーヴェンの死因には、鉛中毒によるなど、さまさまな説がある。
また、彼の難聴の原因については、発疹チフスや免疫性の病気のせいだとか、あるいは、ベートーヴェンは眠気を払うために冷たい水に頭をつけることをよくしていて、そのためだという説もあるが、はっきりしたことはわかっていないらしい。
彼の遺体を解剖すると、内耳がふくれて大きくなっていたという。
やはり、ベートーヴェンは好きである。
あの人間のドラマが感じられるところがいい。人は苦しみ、悩み、挫折する。しかし、それを乗り越えて、進み、さらなる高みへのぼっていく。そういうドラマティックな生きざまが感じられ、それが人間賛歌たりえている点が、ベートーヴェンの音楽の特質である。
フルトヴェングラーは言った。「ベートーヴェンは45度の角度で上昇する」
(2024年12月17日)
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