11月27日は、不世出の映画スター、ブルース・リーが生まれた日(1940年)だが、パナソニック(松下電器)を創った「経営の神様」松下幸之助の誕生日でもある。

松下幸之助は、1894年、現在の和歌山の禰宜で生まれた。地主の三男坊だった。
幸之助が5歳のころ、父親が米相場で失敗し破産。一家は和歌山市に引っ越して下駄屋を始めた。商売はうまくいかず、幸之助は尋常小学校を中退して丁稚奉公に出された。
16歳のとき、現在の関西電力に入った。
電力会社社員時代、彼はかんたんに電球を取り外せるソケットを発明。
23歳の年に独立して電球ソケットを作る電器会社を設立した。
会社は一時は倒産の危機に瀕したが、二股ソケットの発明・大ヒットにより、経営は上向き、自転車用電池ランプ、乾電池など製造分野を広げ「ナショナル」のブランド名を掲げて日本を代表するメーカーに成長した。
彼の松下電器産業は、大戦中は軍需製品を作り、戦後は国内的には「ナショナル」、国外向けには「パナソニック」のブランドを掲げる世界企業となった。
生涯に約5,000億円の資産を築いたとされる松下は、私財70億円を投じて財団法人の松下政経塾を設立し、政治家の養成に努めた後、1989年4月、気管支肺炎のため、大阪は守口の入院先で没した。94歳だった。

物心ついたときには、松下幸之助はすでに生きる神話だった。
いまとはちがって、その昔、子ども向けの偉人伝は、みな死んだ人の伝記だったけれど、生きた人物が子ども向けの伝記としてとり上げられたのは、松下幸之助が最初だったのではないかしら。
テレビでもよくその顔を見かけたけれど、印象的だったのは、なんといってもその耳だった。細面の顔に、両耳がとても大きく、しかもパラボラアンテナのように立ち上がって、はっきりと前方を向いているのだった。ひと言も聞き逃さないぞ、とでもいう風に。この耳なら、よく頭に入りそうだ。「幸之助」という名前もいい。
わが身を振り返れば、あいにく耳が寝ているせいか、人の話をついいいかげんに聞き流してしまう。

「こけたら、立ちなはれ」
この名言を残した「経営の神様」松下幸之助は或る時問われ、自分の成功の秘訣を三つ挙げたそうだ。
「家が貧しかったこと、体が弱かったこと、小学校までしか進学できなかったこと」
(2024年11月27日)



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