10月18日は、哲学者アンリ・ベルクソンが生まれた日(1859年)だが、仏教学者の鈴木大拙(すずきだいせつ)の誕生日でもある。禅を世界に紹介した人である。

鈴木大拙は、明治3年10月18日(1870年、西暦だと月日が異なる)、石川の金沢で生まれた。本名は鈴木貞太郎(ていたろう)。父親は旧金沢藩の藩医で、貞太郎は四男だった。
貞太郎は19歳のとき、高等中学を退学し、小学校の英語教師をした後、21歳で東京の専門学校に入り直し、22歳のとき、いまの東大である帝国大学の哲学科の選科生となった。選科というのは、一科目とか数科目の講義だけをとるコースのことで、鈴木は大学に通いながら、鎌倉の円覚寺に通って禅の修行をした。
25歳で専科を終了した後は、米国へ渡り、東洋思想系の書籍の出版にたずさわり、みずからも英語で禅について本を書いた。
39歳の年に帰国し、円覚寺に住みながら、学習院、東京帝国大学、大谷大学などで教鞭をとった。日本の大学のほか、ハワイ大学、プリンストン大学、ニューヨーク大学、コロンビア大学など米国でも禅や仏教について著述、講演をおこない、禅を世界に紹介し、広めた。
1966年7月、東京の入院先で没した。95歳だった。

『日本的霊性』『禅とは何か』『東洋の心』『東洋的な見方』など、鈴木大拙の著作は若いころに読んだ。西洋的な理詰めで論理をきちんきちんと積み上げていくのでなく、急がずゆっくりと語っていき、いつの間にか納得させられているという感じの、不思議な説得力のある文章が印象的だった。
「西洋の人は客観的にものを観る。客観的に観るから知的になる。たとへば、ここに一つの紙片があるとする。西洋の人のやり方についていふと、この紙片は、白いとか、字が書いてあるとか、薄いとか、四角いとか、あるいはかう二つに折つてあるとか、そして科学的に見ると、この紙が何から出来てをるのか、(中略)とにかくそんなことで、この紙がわかつたことになるんですな。ところが東洋の人のやり方は、さうではなくて、特に老荘や、仏教の云ひ方は、さういふ紙を外から見た話ではなくして、紙そのものになれといふのですね。」(鈴木大拙「東洋の心」『鈴木大拙全集 第二十巻』岩波書店)
日々生活に追われ忙しくしていて、ものごとを客観的に見られず、べつの立場に立ってみることもせず、結局なにもわからないまま、ただ無意味に走りまわって生きているだけになっている昨今を反省させられる。そのものに。
(2024年10月18日)



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