12月9日は、映画俳優カーク・ダグラス が生まれた日(1916年)だが、英国の詩人ジョン・ミルトンの誕生日でもある。長編叙事詩『失楽園(Paradise Lost)』の作者である。

ミルトンは1608年、英国イングランドのロンドンで生まれた。父親は作曲家だった。
ケンブリッジ大学を卒業したミルトンは、父親の援助を受けて、仕事につかず、詩作にふける6年間をすごした。
29歳のとき、彼はフランス、イタリアへ1年以上にわたる旅行に出た。そうして、帰ってみると、母国では国王派と議会派で国内を二分する内戦「清教徒革命」が起こった。
清教徒革に際して、ミルトンは清教徒の多い議会側に立った。
鉄騎兵を率いるクロムウェルの活躍により、内戦は議会側に終わり、ミルトンが40歳だった1649年のはじめ、ついに国王チャールズ一世が反逆者として処刑されるという事態にいたった。
元国王の処刑には英国内でも賛否両論があったが、このとき清教徒のミルトンは国王処刑を支持する論陣を張り、革命政権の外国語担当秘書官になった。独裁者クロムウェルの広報官といえる要職だったが、激務による過労がたたり視力が急に衰え、46歳のころには完全に目が見えなくなった。
 その後、クロムウェルの急死、革命政府の崩壊、帰国したチャールズ二世による王政復古と、英国政治は激変し、ミルトンは公職を離れた。
政治の表舞台から消えたミルトンは、50代前半の約5年間をかけて口述による英語の叙事詩『失楽園』を完成させた後、1674年11月、腎臓疾患により没した。65歳だった。

『失楽園』は、その昔、天上で善と悪との大戦争がおこなわれた、という物語である。大悪魔サタンは、神さまとの戦争に破れ、地獄に落とされる。が、サタンは懲りない。
「負けたのが、なんだというのだ? まだ復讐心や、不屈の意志、不滅の憎しみがあるではないか(What though the field be lost?/ All is not lost--the unconquerable will,/ And study of revenge, immortal hate,)」
 そういい放ち、神への復讐を誓う。そんな折も折、神さまが人間というものをこしらえてエデンの楽園に住まわせるらしい、というニュースが舞い込む。アダムとイブの誕生である。サタンはこれを恰好の復讐の好機とみた。この最初の人間どもをかどわかし、堕落させることで、神さまの鼻をあかし、復讐してやるのだ、と。
 サタンは蛇に姿をかえ、イブをそそのかして、神さまが食を禁じていた知恵の実を食べさせ、アダムもそれを食べる。知恵のついたアダムとイブは、たちまち情欲の熱情を燃え上がらせる。罪をおかした二人は、エデンの楽園を追われる。

ミルトンの生きた時代は、英国政治の激動の時代だった。時代にミルトンの立場は翻弄された。『失楽園』は、彼が不遇な場所へ追いやられた後の作である。すると、
「負けたのが、なんだというのだ?」
というサタンのことばは、ミルトン自身の声のようにも感じられる。『失楽園』は天上の話だが、地にうごめく失明詩人が吐いた鮮血で書いた詩だという気がする。
(2023年12月9日)



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