7月12日は米国の思想家ヘンリー・ソローが生まれた日(1817年)だが、同じく米国の思想家・建築家のバックミンスター・フラーが生まれた日でもある。

リチャード・バックミンスター・フラーは、1895年、米国のマサチューセッツ州ミルトンで生まれた。彼は、女性権利論者でジャーナリストのマーガレット・フラーのきょうだいの孫にあたる。
黒板に打ったチョークの跡が点を表すという理屈に疑念をもつ少年、バックミンスター・フラーは、ミルトン・アカデミーをへて名門ハーバード大学に進学した。が、パーティーを開いては散財する品行、不真面目な態度などをとがめられ、二度、除籍処分にあった。大学の授業に興味を感じなかった彼は、機械工や食肉産業で働いたりした。そして、第一次世界大戦中は海軍に入り、通信士や救助艇の船長をした。
戦中に結婚した彼は、戦争が終わると、妻の父親といっしょに発明した繊維素材のブロックを扱う会社を共同で立ち上げたが、事業はうまくいかず、32歳のころ、社長の職を追われた。お金に困ったフラーは酒びたりとなり、この経済的苦境を脱するため、自殺して家族に生命保険を残すことを思いつき、ミシガン湖で入水自殺しようとした。そのとき、彼は不思議な体験をした。彼は光の球に包まれて宙に浮かび、こんな声を聞いたのだった。
「あなたはあなたのものではない。あなたは宇宙のものである。自分の経験を他者のために役立てるのがあなたに与えられた使命である」
 フラーは死ぬことをやめ、生きて、自分の存在を人類のために役立てようと決心した。
 彼は、地球を多面的に投影した転回図型のダイマキシオン・マップを発明し、特許をとった。そして未来型の量産型住宅「ダイマキシオン・ハウス」を考案し、三輪の省エネ自動車「ダイマクション・カー」を1933年のシカゴ万博に出品した。さらに「ジオデシック・ドーム」を発明した。また、彼は「宇宙船地球号」の概念を提出し、宇宙的な視点から地球を考える哲学を提唱した。
フラーは、あるときは会社に所属する研究員の立場で、あるいはみずからの発明品を販売する企業を立ち上げた事業家の立場で、またあるいは大学で教鞭をとる学者の立場で、時々によりさまざまな立場に立って発明、発言を続けた。世界各国を講演してまわったフラーは、1983年7月1日、ロサンゼルスで没した。87歳だった。

若いころからコミュニティーの研究をしているので、1960年代のヒッピーたちに熱狂的に人気があった「ジオデシック・ドーム」の名は昔から知っていた。フラーは、あの頃の若者たちの神々のひとりである。

彫刻家のイサム・ノグチが大恐慌の一時期、バックミンスター・フラーといっしょに暮らしていたそうだ。不況期で借り手のいない高級ホテルのスイートルームを、フラーがただで貸してもらい、そこへノグチが転がりこんだのだった。イサム・ノグチはクロムメッキしたブロンズで「バックミンスター・フラーの頭像」を作り、これが評判となり、頭像製作の注文が舞いこむようになり、まだ売れない無名彫刻家だったノグチはこれでなんとか食いつなぐことができた。そんな貧乏時代の「傷だらけの天使」みたいな二人の共同生活はどんなだったろうと想像すると楽しくなる。
(2023年7月12日)


●おすすめの電子書籍!

『アメリカ・コミュニティー事典 上巻』(金原義明)
独立前から現在まで北米のコミュニティー(生活共同体)数百団体を紹介。宗教的、世俗的集団を網羅。米国史研究者必携。四〇年間の研究の成果、ここに結実。


●電子書籍は明鏡舎。
https://www.meikyosha.jp