3月18日は、仏国の詩人、ステファヌ・マラルメ(1842年)の生まれた日だが、日本の詩人、田村隆一の誕生日でもある。
田村隆一は、1923年、現在の東京都豊島区に生まれた。実家は料理屋だった。商業学校を卒業し、ガス会社に就職したが、一日も出社せず退職。明治大学の文芸科に入り直した。
24歳のとき、詩人、鮎川信夫らと『荒地』を創刊。彼らは荒地派と呼ばれることになる。
27歳のころ、推理小説の女王、アガサ・クリスティの推理小説を翻訳。翻訳ミステリーを多く出版する早川書房に勤務し、ミステリーの編集と翻訳を続けた。
33歳のころ、処女詩集『四千の日と夜』を発表。その後、『言葉のない世界』『水半球』『スコットランドの水車小屋』『陽気な世紀末』『奴隷の歓び』『ワインレッドの夏至』『毒杯』などを発表。
1998年8月、食道ガンにより没。75歳だった。
学生のころから田村隆一のファンで、その詩集を何冊か持っている。彼のトークショーも見に行った。品川で開かれたショーで、歌手の木の実ナナとテーブルをはさんでの対談だった。背の高い、細身の、ダンディーな老人だった。生きている詩人をそのとき自分ははじめて見た。ホメロスも、ボードレールも、ランボーも、芭蕉も、北原白秋も、好きな詩人はみんな死んでしまっていた。ただ彼だけが生きていた。
「『おはよう』
白髪の老人が飴色のステッキをつきながらゴシップ新聞を読みに
海辺のコーヒー・ハウスに入ってくる
『待つ』女性は
ここには
いない」(詩集『陽気な世紀末』「待つ」)
『片翼だけの天使』を書いたハールドボイルド作家、生島治郎が、かつて早川書房の田村隆一の下で働いていて、たしかつぎのようなことを、どこかで書いていた。
そのころ、生島治郎やほかの社員が会社の机にかじりついて仕事をしていると、和服の着流し姿の田村隆一がどこかから帰ってくる。田村は部下たちがまじめに机に向かっている後ろを通って、奥にある畳の間へ行く。
そうして、あぐらをかいて、昼間から酒を飲みだす。そうして、
「お前ら、よくそんなこと、やっていられるなあ」
みたいな、憎まれ口ききながら、ひとりで飲みつづけている。生島治郎は、
「当時は忙しく、給料が安くてつらかったけれど、そういう上司がいてくれたおかげで、なんとかやっていられたという気がする」
という感想を書いていたと記憶する。
「ぼくも十七歳から
毒杯をかさねてきたが
あまり喋りすぎたものだから
いっこうに毒がまわってこない」(詩集『毒杯』「毒杯」)
田村隆一は、きっと、神さまがうっかり地上に降ろしてしまった、酔っぱらいの救世主だったのだろう。
(2023年3月18日)
●おすすめの電子書籍!
『世界大詩人物語』(原鏡介)
詩人たちの生と詩情。詩神に愛された人々、鋭い感性をもつ詩人たちの生き様とその詩情を読み解く詩の人物読本。ゲーテ、バイロン、ハイネ、ランボー、ヘッセ、白秋、朔太郎、賢治、民喜、中也、隆一ほか。彼らの個性、感受性は、われわれに何を示すか?
●電子書籍は明鏡舎。
https://www.meikyosha.jp

田村隆一は、1923年、現在の東京都豊島区に生まれた。実家は料理屋だった。商業学校を卒業し、ガス会社に就職したが、一日も出社せず退職。明治大学の文芸科に入り直した。
24歳のとき、詩人、鮎川信夫らと『荒地』を創刊。彼らは荒地派と呼ばれることになる。
27歳のころ、推理小説の女王、アガサ・クリスティの推理小説を翻訳。翻訳ミステリーを多く出版する早川書房に勤務し、ミステリーの編集と翻訳を続けた。
33歳のころ、処女詩集『四千の日と夜』を発表。その後、『言葉のない世界』『水半球』『スコットランドの水車小屋』『陽気な世紀末』『奴隷の歓び』『ワインレッドの夏至』『毒杯』などを発表。
1998年8月、食道ガンにより没。75歳だった。
学生のころから田村隆一のファンで、その詩集を何冊か持っている。彼のトークショーも見に行った。品川で開かれたショーで、歌手の木の実ナナとテーブルをはさんでの対談だった。背の高い、細身の、ダンディーな老人だった。生きている詩人をそのとき自分ははじめて見た。ホメロスも、ボードレールも、ランボーも、芭蕉も、北原白秋も、好きな詩人はみんな死んでしまっていた。ただ彼だけが生きていた。
「『おはよう』
白髪の老人が飴色のステッキをつきながらゴシップ新聞を読みに
海辺のコーヒー・ハウスに入ってくる
『待つ』女性は
ここには
いない」(詩集『陽気な世紀末』「待つ」)
『片翼だけの天使』を書いたハールドボイルド作家、生島治郎が、かつて早川書房の田村隆一の下で働いていて、たしかつぎのようなことを、どこかで書いていた。
そのころ、生島治郎やほかの社員が会社の机にかじりついて仕事をしていると、和服の着流し姿の田村隆一がどこかから帰ってくる。田村は部下たちがまじめに机に向かっている後ろを通って、奥にある畳の間へ行く。
そうして、あぐらをかいて、昼間から酒を飲みだす。そうして、
「お前ら、よくそんなこと、やっていられるなあ」
みたいな、憎まれ口ききながら、ひとりで飲みつづけている。生島治郎は、
「当時は忙しく、給料が安くてつらかったけれど、そういう上司がいてくれたおかげで、なんとかやっていられたという気がする」
という感想を書いていたと記憶する。
「ぼくも十七歳から
毒杯をかさねてきたが
あまり喋りすぎたものだから
いっこうに毒がまわってこない」(詩集『毒杯』「毒杯」)
田村隆一は、きっと、神さまがうっかり地上に降ろしてしまった、酔っぱらいの救世主だったのだろう。
(2023年3月18日)
●おすすめの電子書籍!
『世界大詩人物語』(原鏡介)
詩人たちの生と詩情。詩神に愛された人々、鋭い感性をもつ詩人たちの生き様とその詩情を読み解く詩の人物読本。ゲーテ、バイロン、ハイネ、ランボー、ヘッセ、白秋、朔太郎、賢治、民喜、中也、隆一ほか。彼らの個性、感受性は、われわれに何を示すか?
●電子書籍は明鏡舎。
https://www.meikyosha.jp
