8月26日は、質量保存の法則の化学者ラヴォアジエが生まれた日(1743年)だが、詩人アポリネールの誕生日でもある。

ギヨーム・アポリネールは、1880年、イタリアのローマで、ポーランド貴族の娘が産んだ私生児として誕生した。モナコやカンヌ、ニースの学校に通ったアポリネールは、19歳のとき、ベルギーに滞在して詩や短編小説を書いていたが、宿代が払えなくなって、母親のいる仏国パリへ夜逃げした。
パリでは、家庭教師をし、春本の原稿を書きながら、ジャリ、マチス、ピカソ、ジャコブ、アンリ・ルソーなどの芸術家たちと交友を深め、雑誌に詩を発表した。
27年のとき、ピカソの紹介でマリ・ローランサンと出会い、恋に落ちた。句読点をすべて排除した詩集『アルコール』や、文字を図形状に配置した詩集『カリグラム』など、前衛的な詩を発表し話題を集めた。『アルコール』に収録された、ローランサンとの別れをうたった「ミラボー橋」はシャンソンにもなった。
1914年、第一次世界大戦が勃発すると、34歳のアポリネールは志願入隊し、砲兵隊に配属された。失恋の痛手から志願したとも言われる。
35歳のとき、戦場で頭部を負傷。開頭手術を受けた。
まだ戦時下だった1918年、詩集や戯曲を出版し、結婚したが、大流行したスペイン風邪(インフルエンザ)にかかり、同年11月に没した。38歳だった。

ジャン・コクトーは言っている。
「アポリネールとピカソの名前は引き離すことができない。誰もピカソ以上には描かなかったし、アポリネール以上には書かなかった。」(窪田般彌訳「アポリネール」『ジャン・コクトー全集第四巻』東京創元社)

詩「ミラボー橋」はこうはじまる。
「ミラボー橋の下をセーヌ河が流れ
    われ等の恋が流れる
   わたしは思ひ出す
 悩みのあとには楽しみが来ると

    日も暮れよ 鐘も鳴れ
    月日は流れ わたしは残る」(堀口大学訳『月下の一群』新潮文庫)

詩「僕がかなたで戦死したなら」はこんな感じではじまる。
「僕が前線のかなたで戦死したなら
 いつの日かお前も泣いてくれるだろうか おおルウよ愛する女よ
 そして僕の思い出も消えてなくなろう
 前線で炸裂する砲弾が消え果てていくように
 花咲くミモザにも似たあの美しい砲弾が」(窪田般彌訳『アポリネール詩集』小澤書店)

折々の心情を、伸びやかに、瑞々しくうたうアポリネールの感性が、いい。こんな世の中では、たまにはアポリネールを読まないと、正気でいられない。
(2021年8月26日)



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