12月3日は「ワン、ツー、スリー」というマジシャンの声かけにちなんで、奇術の日だそうだが、この日はシネマ界の奇術師、映画監督ジャン=リュック・ゴダールの誕生日でもある(1930年)。
いったい、ゴダールほど、世界中の知識人から一目おかれている監督はいないだろう。米国ハリウッドの映画などとは、百八十度ちがう考え方で作られた映画。哲学的であり、詩的であり、また音楽的で、かつ絵画的で、映画をみる人につねに考えさせ、緊張を強いる映画。それがゴダール作品である。
わかりやすくいえば、こういうことかもしれない。
ずっと昔、学生時代のあるとき、女子学生の友人と話していて、
「明日映画をみにいく」
と、ぽろっといったら、その女のコが、こう尋ねてきた。
「誰といくの?」
「いえ、ひとりで」
彼女は笑いだして、肩をぽんぽんっとたたいてきた。
「いいよ、いいよ。まあ、人生、そういうときだって、あるさ」
自分は、はじめ、彼女のいっている意味がよくわからなかったのだけれど、やがて了解した。その女のコの頭のなかでは、「映画というのは、恋人と二人でみにいくデートコースのなかの一娯楽」ということになっているのだ、と。
一方、自分のなかでは、いまもそうだけれど、「映画というのは、ひとりでスクリーンと一対一で対峙してみる、真剣な人生経験のひとつ」なのである。
自分はその女子学生をみて、「この女とは、まちがってもいっしょに映画をみにいかないだろうな」と思ったが、逆にいえば、その女のコがけっしてみにいかないであろう種類の映画こそがゴダール作品ということだ。
ジャン=リュック・ゴダールは、1930年12月3日、フランス、パリに生まれた。父親は医者で、スイス系のプロテスタントである。二次大戦中は、スイスに避難していたという。比較的裕福な家庭に育ったジャンは、大学では人類学を専攻。兵役を避けるため、大人になってもスイス国籍のままでいたらしい。
学生時代から映画マニアだった彼は、27歳のころから、映画をつくりはじめる。そして「ヌーヴェル・ヴァーグ(新しい波)」と呼ばれる、既存の映画手法を否定する、新しい映画作りの旗手と目される存在になっていった。
「気狂いピエロ」と「パッション」は、自分の映画観を変えた映画である。
それまでは、映画のストーリーを追ってみていた。でも、「気狂いピエロ」「パッション」の2作をみてからは、映画というのは、その画面画面のきらめきなのだ、というふうに考えるようになった。その瞬間の画面全体の構図、色、配置された風景や人、雰囲気、音、そういったもの全体が映画なのであり、それにときめくのが映画をみることなのだ、と思うようになった。それまでおもしろいと思っていた映画がつまらなくみえてきて、退屈だと思っていた映画がおもしろくみえてきたりした。
まあ、学生時代に自分を笑ったあの娘だったら、
「いいよ、いいよ。まあ、人生、そういうときだって、あるさ」
と肩をたたいてくるかもしれないけれど。
(2013年12月3日)
●おすすめの電子書籍!
『12月生まれについて』(ぱぴろう)
ゴダール、ディートリッヒ、ディズニー、ウッディ・アレン、ブリトニー・スピアーズ、マリア・カラス、ニュートン、ベートーヴェン、エッフェル、ハイネ、伊藤静雄、尾崎紅葉、埴谷雄高など、12月誕生の31人の人物評論。人気ブログの元となった、より深く詳しいオリジナル原稿版。12月生まれの取扱説明書。
http://www.meikyosha.com/ad0001.htm
いったい、ゴダールほど、世界中の知識人から一目おかれている監督はいないだろう。米国ハリウッドの映画などとは、百八十度ちがう考え方で作られた映画。哲学的であり、詩的であり、また音楽的で、かつ絵画的で、映画をみる人につねに考えさせ、緊張を強いる映画。それがゴダール作品である。
わかりやすくいえば、こういうことかもしれない。
ずっと昔、学生時代のあるとき、女子学生の友人と話していて、
「明日映画をみにいく」
と、ぽろっといったら、その女のコが、こう尋ねてきた。
「誰といくの?」
「いえ、ひとりで」
彼女は笑いだして、肩をぽんぽんっとたたいてきた。
「いいよ、いいよ。まあ、人生、そういうときだって、あるさ」
自分は、はじめ、彼女のいっている意味がよくわからなかったのだけれど、やがて了解した。その女のコの頭のなかでは、「映画というのは、恋人と二人でみにいくデートコースのなかの一娯楽」ということになっているのだ、と。
一方、自分のなかでは、いまもそうだけれど、「映画というのは、ひとりでスクリーンと一対一で対峙してみる、真剣な人生経験のひとつ」なのである。
自分はその女子学生をみて、「この女とは、まちがってもいっしょに映画をみにいかないだろうな」と思ったが、逆にいえば、その女のコがけっしてみにいかないであろう種類の映画こそがゴダール作品ということだ。
ジャン=リュック・ゴダールは、1930年12月3日、フランス、パリに生まれた。父親は医者で、スイス系のプロテスタントである。二次大戦中は、スイスに避難していたという。比較的裕福な家庭に育ったジャンは、大学では人類学を専攻。兵役を避けるため、大人になってもスイス国籍のままでいたらしい。
学生時代から映画マニアだった彼は、27歳のころから、映画をつくりはじめる。そして「ヌーヴェル・ヴァーグ(新しい波)」と呼ばれる、既存の映画手法を否定する、新しい映画作りの旗手と目される存在になっていった。
「気狂いピエロ」と「パッション」は、自分の映画観を変えた映画である。
それまでは、映画のストーリーを追ってみていた。でも、「気狂いピエロ」「パッション」の2作をみてからは、映画というのは、その画面画面のきらめきなのだ、というふうに考えるようになった。その瞬間の画面全体の構図、色、配置された風景や人、雰囲気、音、そういったもの全体が映画なのであり、それにときめくのが映画をみることなのだ、と思うようになった。それまでおもしろいと思っていた映画がつまらなくみえてきて、退屈だと思っていた映画がおもしろくみえてきたりした。
まあ、学生時代に自分を笑ったあの娘だったら、
「いいよ、いいよ。まあ、人生、そういうときだって、あるさ」
と肩をたたいてくるかもしれないけれど。
(2013年12月3日)
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ゴダール、ディートリッヒ、ディズニー、ウッディ・アレン、ブリトニー・スピアーズ、マリア・カラス、ニュートン、ベートーヴェン、エッフェル、ハイネ、伊藤静雄、尾崎紅葉、埴谷雄高など、12月誕生の31人の人物評論。人気ブログの元となった、より深く詳しいオリジナル原稿版。12月生まれの取扱説明書。
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