8月6日は、評論家、柄谷行人(からたにこうじん)が生まれた日(1941年)だが、ペニシリンを発見した英国の細菌学者、アレクサンダー・フレミングの誕生日でもある。
自分は、若いころ、フレミング博士の伝記を読んだことがある。博士は「気づき」の大切さを自分に教えてくれた。
アレクサンダー・フレミングは、1881年、スコットランドのエアシャー地方の農場で生まれた。父親は農夫で、アレクサンダーが7歳のときに没した。
田舎の貧しい環境に育ったアレクサンダーは、進学して医学の道を志した。ロンドンへ出て、奨学金を得、船舶会社に4年間勤め、親戚や、先に医者になった兄から援助してもらい、22歳のとき、病院の医学校に入学した。そして卒業後は、そこの病院に就職した。
1914年、フレミングが33歳の年に第一次世界大戦がはじまると、彼は召集され、戦地のフランスに渡り、負傷兵の治療にあたった。このとき、感染症によって病人がつぎつぎと死んでいくのを目の当たりにして、感染症治療を必要を痛感し、細菌学研究の道へ進んだ。
47歳のころ、フレミングは研究室でブドウ球菌の実験していた。たくさんの皿を並べ、それぞれの皿のなかでブドウ球菌を培養していたのだが、その実験では、培養皿を密閉せず、菌を空気に触れさせる必要があった。そのため、空気中の細菌が培養皿に舞い降りて、ブドウ球菌が細菌に汚染され、実験に使えない皿もでてくるわけだが、あるとき、フレミングは、青かびがつき、繁殖して使えなくなった培養皿に、ふと目を止めた。ブドウ球菌のなかに点々と青かびがあるのだが、青かびの周囲の部分が、透明になっているのだった。この透明の部分は、ブドウ球菌が溶かされたことを意味していた。すると青かびには、ブドウ球菌を撃退する「力」があることになる。
これが、ペリニシリン発見の瞬間だった。
フレミングの研究成果を手がかりに、多くの学者がさらに実験を重ねて、感染症に効く「魔法の弾丸」ペニシリンが開発された。ペニシリンは、第二次大戦において、数えきれない負傷兵たちを感染症から救った。
フレミングは、63歳のとき、ペニシリンの開発にかかわった2名の学者とともに、ノーベル医学生理学賞を共同受賞した。フレミングはエディンバラ大学の学長を務めた後、1955年3月、心臓発作のため、ロンドンで没した。73歳だった。
フレミング博士がえらいのは、青かびのなかに、細菌を殺す成分が含まれていると気づいたところだけど、じつは、当時の細菌科の医学者たちは、日々実験するなかで、培養中の細菌のなかに、べつの汚染物質が偶然まぎれこんでしまい、細菌がだめになっているのを、よく目にしていたらしい。それを見つけた学者たちは、
「ああ、この菌は不純物が入ってしまったから、使えなくなった」
と、培養皿をぽいっと捨てていたのである。ごく日常的にあったことだった。
でも、フレミング博士は、ぽいっと捨てず、踏みとどまった。
「いや、待てよ。これは、かびが、細菌を殺しているということなのではないか。つまり、病原菌を退治しているということなのではないか」
と、その重要性に気づいた。気づきのえらさ、である。
そうやってみると、自分たちも、日々、なんとなくながめ、見過ごしている風景のなかにも、「いや、待てよ」と踏みとどまってみれば、案外とんでもない大発見の種があたり一面にちりばめられているのに気づくのかもしれない。
(2013年8月6日)
●おすすめの電子書籍!
『8月生まれについて』(ぱぴろう)
アレクサンダー・フレミング、ゲーテ、アポリネール、ブローデル、バーンスタイン、マドンナ、ヘルタ・ミュラー、シャネル、モンテッソーリ、マイケル・ジャクソン、井上陽水、宮本常一、中坊公平、北原怜子、宮沢賢治、など8月誕生31人の人物論。8月生まれの人生とは? ブログの元になった、より深く詳しいオリジナル原稿版。
www.papirow.com
自分は、若いころ、フレミング博士の伝記を読んだことがある。博士は「気づき」の大切さを自分に教えてくれた。
アレクサンダー・フレミングは、1881年、スコットランドのエアシャー地方の農場で生まれた。父親は農夫で、アレクサンダーが7歳のときに没した。
田舎の貧しい環境に育ったアレクサンダーは、進学して医学の道を志した。ロンドンへ出て、奨学金を得、船舶会社に4年間勤め、親戚や、先に医者になった兄から援助してもらい、22歳のとき、病院の医学校に入学した。そして卒業後は、そこの病院に就職した。
1914年、フレミングが33歳の年に第一次世界大戦がはじまると、彼は召集され、戦地のフランスに渡り、負傷兵の治療にあたった。このとき、感染症によって病人がつぎつぎと死んでいくのを目の当たりにして、感染症治療を必要を痛感し、細菌学研究の道へ進んだ。
47歳のころ、フレミングは研究室でブドウ球菌の実験していた。たくさんの皿を並べ、それぞれの皿のなかでブドウ球菌を培養していたのだが、その実験では、培養皿を密閉せず、菌を空気に触れさせる必要があった。そのため、空気中の細菌が培養皿に舞い降りて、ブドウ球菌が細菌に汚染され、実験に使えない皿もでてくるわけだが、あるとき、フレミングは、青かびがつき、繁殖して使えなくなった培養皿に、ふと目を止めた。ブドウ球菌のなかに点々と青かびがあるのだが、青かびの周囲の部分が、透明になっているのだった。この透明の部分は、ブドウ球菌が溶かされたことを意味していた。すると青かびには、ブドウ球菌を撃退する「力」があることになる。
これが、ペリニシリン発見の瞬間だった。
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フレミングは、63歳のとき、ペニシリンの開発にかかわった2名の学者とともに、ノーベル医学生理学賞を共同受賞した。フレミングはエディンバラ大学の学長を務めた後、1955年3月、心臓発作のため、ロンドンで没した。73歳だった。
フレミング博士がえらいのは、青かびのなかに、細菌を殺す成分が含まれていると気づいたところだけど、じつは、当時の細菌科の医学者たちは、日々実験するなかで、培養中の細菌のなかに、べつの汚染物質が偶然まぎれこんでしまい、細菌がだめになっているのを、よく目にしていたらしい。それを見つけた学者たちは、
「ああ、この菌は不純物が入ってしまったから、使えなくなった」
と、培養皿をぽいっと捨てていたのである。ごく日常的にあったことだった。
でも、フレミング博士は、ぽいっと捨てず、踏みとどまった。
「いや、待てよ。これは、かびが、細菌を殺しているということなのではないか。つまり、病原菌を退治しているということなのではないか」
と、その重要性に気づいた。気づきのえらさ、である。
そうやってみると、自分たちも、日々、なんとなくながめ、見過ごしている風景のなかにも、「いや、待てよ」と踏みとどまってみれば、案外とんでもない大発見の種があたり一面にちりばめられているのに気づくのかもしれない。
(2013年8月6日)
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