8月4日は、仏国の旅行カバン職人、ルイ・ヴィトンが生まれた日(1821年)だが、ジャズトランペッター「サッチモ」こと、ルイ・アームストロングの誕生日でもある。
自分がはじめて「サッチモ」の歌を聴いたのは中学生のときで、生まれてはじめてLPレコードを買ったら、その007映画の主題歌集のなかに、彼の歌が入っていたのだった。映画「女王陛下の007号」の挿入歌「愛はすべてを越えて」がそれで、最初聴いたときは彼のしゃがれ声に驚いた。そして二度、三度と聴くうちに、なんともいえない味わいが感じられてきて、忘れられない歌になった。

ルイ・アームストロングは1901年、米国南端の街、ニューオリンズで生まれた。街の貧しい地区の貧しい家庭だった。ルイが幼いとき、父親は女を作って、家を出ていった。ルイは新聞配達をし、捨てられた食べ物をレストランへ売り、また、11歳で学校をやめてからは、仲間と少年カルテットを組んで街角で歌ったり、またユダヤ人の廃品回収業者を手伝ったりして母親を助けた。
街の不良少年だったルイは、悪さをしてはつかまり、ニューオリンズの黒人浮浪児用施設に何度も入れられた。彼はその施設のバンドでコルネットを演奏し、腕を磨いた。彼はまた、施設長に可愛がられ、個人的に音楽レッスンを受けた。そうして、施設のバンド・リーダーに指名された。
14歳のとき、施設を出たアームストロングは、ダンスホールで演奏するバンドマンの職を得、街のパレードでもブラスバンドとして演奏するようになり、譜面を見て演奏するなど音楽の幅を広げ、バンドでトランペットを吹くようになった。
21歳の年に、先にシカゴへ旅立っていった先輩トランペッターに呼ばれて、アームストロングもシカゴへ移り、そこの楽団ではじめてのレコーディングに臨んだ。
その後、ニューヨークへ移り、またシカゴへもどったりと、バンドを移籍しながら、アームストロングは音楽キャリアを積んでいった。
25歳のときには、音楽史上初となるスキャットをレコードに録音。スキャットは「ダバダバドゥビドゥバ」などと声を楽器として即興で歌うもので、これは録音中にアームストロングが歌詞を書いた譜面を落としてしまい、アドリブで歌ったのがそのまま採用されたものだと言われている。
「Such a mouth! (なんていう口!)」に由来すると言われる「サッチモ」の愛称で親しまれた。ヒット曲に「ハロー・ドーリー!」「この素晴らしき世界」などがあり、出演映画に「上流社会」「ハロー・ドーリー」などがある。
1971年7月、ニューヨークで心臓発作により没した。69歳だった。

先日、テレビを見ていたら、女優の大竹しのぶさんが「人生の最後に聴きたい一曲」ということで、ルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界(What a Wonderful World)」を挙げていた。なるほど、と自分は思った。あんな曲を聴きながら死ねたら、どんなひどいことのあった人生だったとしても、うっとりと美しく閉じることができる、そんな気さえする。サッチモの独特のしゃがれ声の歌は、それくらいに美しい。
(2013年8月4日)



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