6月17日は、映画女優、原節子(はらせつこ)が生まれた日(1920年)だが、迷宮の版画家・マウリッツ・エッシャーの誕生日でもある。

マウリッツ・コルネリス・エッシャーは、1898年、オランダのレーワルデンで生まれた。父親は土木技術者で、マウリッツは父親が55歳にときにできた末っ子だった。
子どものころから土木技術やピアノを学んでいたマウリッツは、絵画が上手だった。両親に建築家になるよう期待され、彼は建築と装飾の学校に進んだ。そこで素描や木版画を学ぶうち、教師に装飾芸術の才能があると評価され、そちらの道へ進むことになった。
24歳のころから、マウリッツ・エッシャーはイタリア各地を旅行してはスケッチしてまわり、それを版画作品にすることを始めた。彼はスペインへも足を延ばし、アルハンブラ宮殿のイスラム建築のモザイク・デザインに強い感銘を受けた。
30歳になった1928年、彼は結婚してローマに住んでいたが、イタリアではムッソリーニ率いるファシスト党の一党独裁が始まった。国家社会主義に染まっていくイタリアを嫌い、エッシャーは妻子を連れてスイスへ引っ越した。
第二次世界大戦前夜の1937年、39歳のエッシャーは家族を連れ、ベルギーのブリュッセル郊外へ引っ越した。が、戦争がはじまり、ベルギーがドイツに降伏すると、ドイツの占領下にあった母国オランダのバールンへふたたび越していった。
エッシャーは戦前から、見ているとめまいを起こしそうな不思議な風景画や人物画を描く画家だったが、その画風は進化し、戦時中には現実にはあり得ない幻想的なだまし絵を作るようになった。多くは木版画やリトグラフ(石版画)のモノクロ作品だった。
群れ飛ぶ恰好で配置された鳥たちが下に目を移していくにしたがっていつの間にか魚に変わっている「空と水」や、隊列を組んで飛ぶ鳥たちが、右から左へ行く群れと、左から右へ渡る群れが交差し、それぞれが昼と夜の景色を運んでくるという摩訶不思議な「昼と夜」などは戦時中の作である。
戦中戦後を通じエッシャーは作品を作り続けたが、まだ作品が高額で取り引きされる高名な芸術家ではなかった。彼らの家計は長らく夫婦それぞれの実家からの仕送りに多く頼っていたという。それが1950年代、彼の作品が米国の雑誌で紹介され、ようやく名声が高まりだし、作品が売れるようになった。
とちらが上でどちらが下かわからない、上へも下へも右へも左へも階段を上り下りする人がいる「相対性」、滝から流れ落ちた水がまた流れ上ってふたたび滝にいたる永久運動の「滝」、重なり交差しあう図形が無限に展開しつながっていく「円の極限」など、独特の謎に満ちた作品世界をもつ版画家、エッシャーの名は世界に響いた。
60代で米国を講演旅行した後、エッシャーはガンを患い、10度にわたる手術を受けた末、1972年3月、オランダのバールンで没した。73歳だった。

謎の代名詞、エッシャーは一代の独創的作家だった。彼は表現者の条件を述べている。
「一種のユーモアと自分の馬鹿さを楽しめる能力が、少なくとも表現活動をしている人には是非とも必要なのです。」(M・C・エッシャー著、坂根巌夫訳『無限を求めて』朝日新聞社)
(2025年6月17日)


●おすすめの電子書籍!
『芸術家たちの生涯──美の在り方、創り方』(ぱぴろう)
古今東西の大芸術家、三一人の人生を検証する芸術家人物評伝。会田誠、ウォーホル、ダリ、志功、シャガール、ピカソ、松園、ゴッホ、モネ、レンブラント、ミケランジェロ、ダ・ヴィンチまで。彼らの創造の秘密に迫る「読む美術」。


●電子書籍は明鏡舎。
https://www.meikyosha.jp