ジョルジュ・アルベール・モリス・ヴィクトール・バタイユは、1897年、フランスのビヨンで生まれた。父親は税徴集官で、後に脳梅毒のため盲目になった。
誕生の翌年に洗礼を受けたジョルジュは、敬虔なカトリック教徒で、将来は聖職者を志していたこともあったが、途中で心変わりし、神学校に進むのをやめ、一般の学校で古文書学を学び、学校を出て国立図書館の職員になった。彼が主に担当していたのは古銭の収集で、彼はこの分野についての論文も書いている。
バタイユは、「神は死んだ」と宣言したニーチェの愛読者となり、20代後半のころにはキリスト教を捨てた。
彼はしばしばペンネームで評論や小説を発表し、雑誌の編集長を務め、社会を混乱させる目的の秘密結社を作った。
『太陽肛門』『眼球譚』『マダム・エドワルダ』『文学と悪』『エロティシズム』などを書き、死、悪、エロス、犯罪など、一般の学術分野では扱われていなかった人間精神の闇の部分を追求した。
脳の動脈硬化症により、1962年7月、パリで没した。64歳だった。
生前は浅薄な神秘主義の擁護者として無視されていたが、死後評価されるようになり、後世の思想家、文学者に大きく、世界的に影響をおよぼした。
1959年にはじめて日本語に訳出されたバタイユの『エロティシズム』という翻訳本があって、それはほんとうにひどい訳で、何度読んでも意味がわからなかった。バタイユというのは、わけのわからないことを書く人なのだろうと思っていた。
しかし、その後、渋澤龍彦訳の『エロティシズム』を買って読むと、こちらはちゃんと意味が通っていて、すっきり読めた。バタイユは論理的で明晰な著者だとわかった。
前者の翻訳本は、早稲田大のフランス語教授が訳したものだったが、あれは翻訳者が原文をまったく理解できていないのにもかかわらず、単語を適当に日本語に置き換えて並べ出版してしまったのだろう。担当編集者も意味不明だったはずだが、よくあれで出版したものである。現代でも日本語として意味をなしていない、大家や大学教授による翻訳本はときどき見かける。
バタイユの小説はおもしろいと思ったことはないけれど、文学評論『文学と悪』はとてもおもろく、感服した。
「エロティシズムは、人間の性欲が禁止によって制限されており、そしてエロティシズムの領域が、この禁止に対する違犯の領域であるという意味で、動物の性欲とは異るものであります。」(ジョルジュ・バタイユ著、渋澤龍彦訳『エロティシズム』二見書房)
訳者の渋澤龍彦は、この本のあとがきで、なんとか三島由紀夫が生きているあいだにこの訳を完成して、三島に自分の訳で読んでもらいたかったと書いているけれど、三島が生前力説していたエロティシズムは、バタイユの意見とよく通じている。
(2016年9月10日)
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