12月11日・エレン・ケイの母性尊重 | papirow(ぱぴろう)のブログ

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12月11日は、細菌学者ロベルト・コッホが生まれた日(1843年)だが、女性運動家エレン・ケイの誕生日でもある。

 エレン・ケイこと、エレン・カロリーナ・ソフィア・ケイは、1849年、スウェーデンのスモーランド地方で生まれた。
 父親は政治家でスウェーデン農民党の創設者、母親は貴族階級出身者だった。
 小さいころから家で母親によって文法や数学、外国語の教育を受けたエレンは、スウェーデンの作家カミラ・コレットや、ノルウェーの作家イプセンを愛読する少女だった。
 エレンが20歳のとき、父親が国会議員になり、一家はストックホルムへ引っ越した。
 ストックホルムの図書館に通っては本を読んでいたエレンは、二四歳のころから、家庭向けの雑誌に記事を書くようになった。彼女ははじめ、文学エッセイや、作家の人物論などを書いていたが、やがて女性団体に関連した女性問題の記事も書くようになった。
 同じころ、エレン・ケイはデンマークを旅行して、デンマークの私立大学を見て、自分も母国で私立高校を作りたいと教育の夢を思い描くようになった。しかし、結局30歳のときに彼女は女学校の教師になった。
 ケイは、学校で教鞭をとるかたわら、女性たちの社会運動にかかわり、33歳のときには、上流階級の婦人たち一二人が集まって作った、労働者階級の女性たちのマナーを改善するための組織「一二人会」の設立にも立ち会った。
 彼女は児童教育について発言するかたわら、しばしば匿名で性病や性的抑圧、社会主義など、当時はタブーとされていたテーマについても執筆し、社会に衝撃を与えた。
 彼女は言っている。
「一夫一婦制の異性愛関係は、出産を目的としていて、それは女性の幸福や充実を十字架にかけようとするものである。」(Lynn R. Wilkinson, Twentieth-Century Swedish Writers Before World War II)
しだいに社会主義に傾き、進化論の信奉者となった彼女は、1926年4月に没した。76歳だった。 著書に『恋愛と結婚』『母性の復興』などがある。

 エレン・ケイは、大正デモクラシーの時代に日本へ紹介された女性思想家で、彼女の思想は『青鞜』の平塚らいてう、伊藤野枝など、日本の女性運動家に大きな影響を与えた。

「恋愛は唯に人類が社会の新しき一員を得るの衝動となる許(ばか)りではない、それは人類が更らに密接なる関係を結び、子孫がその両親から大なる恋愛の力を遺伝する程度に従つて次第に高めらるる衝動となるのである。全ての人間関係によつてこの力は人類全体の上に反応するであらう。如何となれば人生に於ける万事は一つとして性愛と関係のないものはないからである。かくして生を否定する宗教にあつて性愛は最大の敵であり、生を肯定する宗教にあつては神聖なる衝動である。」(エレン・ケイ著、伊藤野枝訳『恋愛と道徳』青空文庫)

 エレン・ケイはずっと、母性は、その夫にとってよりもむしろ、社会にとってとても大切なものなので、国家は母親と子どもを支援すべきである、と主張しつづけた。時代を先駆けた正論だけれど、おそらく乳飲み子を抱えた母親の政治献金がすくないためだろう、100年たってもまだ日本では母性保護よりも大企業の人件費抑制支援にもっぱら力を入れている。
(2015年12月11日)


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