サティヤ・サイ・ババは、1926年、インド南部アーンドラ・プラデーシュ州のプッタパルティで生れた。本名は、サティヤ・ナーラーヤナ・ラージュという。
13歳のとき、サイ・ババはとつぜん自分の使命に目覚め、
「自分はシルディ・サイ・ババの生まれ変わりで、シヴァ神とシャクティの化身である。人々の悩みを取り払うために降臨した」
と宣言した。このときから、彼は「サイ・ババ」となった。「サイ・ババ」とは「聖なる父」という意味らしい。
彼は家を出て、説法の旅をした。病気を治したり、奇跡をおこなったりするという評判が評判を呼び、その信奉者はインド国内のみならず、世界中に増えていった。日本では、青山圭秀が書いた『理性のゆらぎ』『アガスティアの葉』などがベストセラーとなった。
その後、20世紀の終わりごろには、インターネットやマスコミで、サイ・ババはペテン師だというような批判、中傷が盛んに流され、一時期人気にかげりが見えたが、21世紀に入ると、彼が率いた病院や学校、水道の整備などの社会奉仕事業が再評価されるようになった。タミル・ナドゥ州のチェンナイに、クリシュナ川から上水道をひいてくるプロジェクトを推進し、成功させたのは、76歳のサイ・ババだった。
2011年4月、呼吸器不全のため没した。84歳だった。
生前のサイ・ババの姿をテレビで見たことがある。それはバラエティ番組で、はじめからサイ・ババのうそを見抜くという目的で作られた番組で、映像では、サイ・ババが砂をすこしてのひらにとり、にぎって、それを相手の手の上で開くと、腕輪や腕時計になっている、というような奇跡が流れた。そのフィルムをリピートしたり、部分を拡大したりし、番組ではこれはタネのある手品だと分析していた。
サイ・ババは、自分の名を出した商売を禁じていたそうだ。たしかに、サイ・ババの開運ビデオやキャラクター・グッズ、お守りなどの商品は、見た覚えがない。
彼は、自分の名声を、社会のためになる事業に生かした。サイ・ババの霊能力がほんとうかうそかはわからないが、ただすくなくとも、彼の自分の名声の使い方は、とてもクリーンだったと言えるのではないだろうか。
(2015年11月23日)
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