オノレ・ド・バルザックは、1799年、仏国の古都トゥールで生まれた。名前に「ド」と貴族の呼称が入っているのはオノレが勝手に名乗ったもので、実際は彼は平民の子で、父親は軍隊の兵站部長だった。両親は30歳以上の年の差婚で、オノレが生まれたとき、父親は53歳、母親は21歳だった。家は自家用馬車を乗りまわすなど、かなり裕福だった。
オノレが15歳のとき、バルザック一家ばパリへ引っ越した。
17歳のとき、パリの法科大学へ入学。オノレ彼は大学に通い、父親の命により公証人の事務所で働いた。両親は彼が公証人になるのを望んだが、息子は小説家を目指した。
30歳のころ、『ふくろう党』『結婚の生理学』を発表し、32歳のとき『あら皮』で認められた。以後、『ゴリオ爺さん』『谷間のゆり』『従妹ベット』『従兄ポンス』と、生涯にわたって長短90編もの小説群を勢力に書きつづけた。
執筆の一方で、彼には強烈な事業欲もあって、さまざまな事業に手を染めた。出版社が儲かりそうだと見るや、借金をして出版社に出資したが、すぐに倒産した。バルザックはめげず、新たに借金をして印刷会社を買収したが、これも倒産。その後、活字鋳造会社、銀山経営、鉄道会社への株式投資、と手を染めたのがすべて失敗し、借金はばくだいな額にふくれ上がった。文名は高かったが、借金の額はそれ以上だった。彼は借金を残したまま、1850年8月、新たに借金して購入したパリの自宅で、心臓病と肺炎のため、没した。
彼の残した借金は、亡くなる5カ月前に結婚した資産家の夫人が返済し片づけてくれた。
バルザックは、執筆にとりかかると、ひと晩に40杯から60杯の濃いコーヒーを自分でいれて飲み、真夜中から翌朝の8時ごろまでぶっつづけで書いたという。そして、筆をおくと、寸暇を惜しんでサロンに顔を出し、ご馳走をたらふく食べる。そしてまた真夜中には、コーヒーを飲みながら書くことに没頭する。そういう執筆スタイルを通した。
バルザックがあるとき、ある場所に金が埋まっていることを小説中に書いていた。と、書いているうちに、本当にそこに金が埋まっているような気がしてきて、いても立ってもいられず、彼はそこの土を掘り返しに出かけていったらしい。
すごいと思う。自分はバルザックのこういうところが大好きだ。
バルザックの小説上の発明に「人物再登場法」という手法がある。これは、あちらの小説に登場した人物が、べつの小説にすこし成長した姿で顔を出し、またべつの小説中に年老いた姿で登場するといったもので、この方法を思いついたとき、バルザックは妹に、
「ぼくに最敬礼しろ。ぼくは今、まさに天才となったところだ」
と言ったという。(小林信彦『小説世界のロビンソン』新潮文庫)
「人物再登場法」はすごいアイディアだが、書く者の脳を破壊する所業である。バルザックの小説群「人間喜劇」に登場する人物はざっと二千人。この方法で書いていれば、いずれ現実と虚構の区別がなくなる。病床にあったバルザックは最期こう叫んだそうだ。
「ビアンション! ビアンションを呼んでくれ! あいつなら……」
「ビアンション」は『ゴリオ爺さん』他数編に登場する小説中の医者の名前である。
(2015年5月20日)
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