4月11日は、批評家、小林秀雄が生まれた日(1902年)だが、シンガーソングライター加山雄三の誕生日でもある。
「若大将」こと加山雄三は、1937年、神奈川の横浜で生まれた。本名は池端直亮(いけはたなおあき)。父親は上原謙、母親は小桜葉子で、ともに俳優。母親は岩倉具視の血を引く名門出身だった。直亮は、生後間もなく東京の田園調布に引っ越し、また神奈川へもどって、茅ヶ崎で育った。少年時代から海の男で、14歳でカヌーを自分で作ってから、毎年一艘、船を自分で作ったという。
慶應義塾大学を卒業後、23歳で東宝へ入社。同年、映画デビューし、加山雄三となった。
24歳のとき主演した映画「大学の若大将」にはじまる「若大将シリーズ」が大ヒットし、父子そろっての大スターとなった。
28歳のとき、シリーズ第6作「エレキの若大将」の主題歌「君といつまでも」を歌い、大ヒット。俳優、歌手として、若い女性の圧倒的な人気を集めた。
33歳のとき、監査役に名前を連ねていた叔父のホテル経営会社が倒産し、23億とも言われる借金を背負った。ときを同じくして「エレキの若大将」で共演した女優、松本めぐみと駆け落ち同然の結婚をし、若大将シリーズは打ち切られた。加山はナイトクラブ、キャバレーまわりを10年近く続けて、ようやく借金を返した。
40歳前後からふたたびテレビに出演しだし、出演ドラマの挿入歌となった「ぼくの妹に」がヒットし、バラエティ、ドラマ、歌番組などに出演。壮年の若大将として復活した。現在もコンサート活動を続ける現役のシンガーソングライターである。
1966年、ザ・ビートルズが来日したとき、ビートルズの4人を連れてすきやきを食べにいったのが、当時29歳の加山雄三だった。加山はジョン・レノンに背後から目隠しされ、おだてられて彼らの前で自曲を歌った。これはすごい景色だと思う。
ごく最近まで、自分は加山雄三に貧窮時代があったことを知らなかった。大スターの子として裕福な家に生まれ、容姿と才能に恵まれ、若くして頂点に立った。この世の幸運を一身に背負った、苦労知らずの人だとばかり思っていた。でも、ちがった。
加山が33歳で負った借金は深刻だった。監査役に名前を貸していただけで、とつぜん降ってわいた借金23億。でも逃げず、それを背負いこんだ。加山は回想している。
「生活費はぎりぎりで、かみさんと卵かけご飯を半分ずつ分け合ったりもしました。(中略)それでも『ああ、もうダメか』と絶望寸前になることだってある。だけど、逆境から立ち上がろうと必死になって努力する。本気で挑んでいると、去っていく人もいる代わりに、力になってくれる人、味方になってくれる人が必ず現れる。『えっ、本当ですか?』なんてことが実際に起きるんです。その出会いが根底から人生を変えることだってある。」(「逆境に学ぶ」「朝日新聞」2014年1月8日)
貧乏育ちならまだしも、彼のように裕福に生まれた者にとって、転落はそうとうタフなものだったはずだ。なにせ、ビートルズとすきやきから、卵かけご飯の半分この生活である。奥さんもえらかったが、やはり海と太陽で育った男はすごい。復活後の、苦労の影をみじんも見せないあの明朗さ。加山雄三は逆境でかえって真価を見せる底の人である。
(2015年4月11日)
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