4月4日・タルコフスキーの詩情 | papirow(ぱぴろう)のブログ

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4月4日は、詩人ロートレアモン伯爵が生まれた日(1846年)だが、ロシアの映画監督、タルコフスキーの誕生日でもある。

アンドレイ・タルコフスキーは、1932年、ロシア(当時ソビエト連邦)のヴォルガ川流域、イワノヴォ地区のザブラジェで生まれた。父親は詩人だった。
貧しい家庭環境のなか、不良少年だったアンドレイは、1954年、22歳の年に全ソ国立映画大学に入学。
大粛清をおこなった独裁者スターリンは前年の1953年に亡くなっており、ソ連には西欧、米国の文化が流れ込んで「雪解け」の時代だった。そんな時代の空気のなかで、学生だったタルコフスキーは、ヘミングウェイ原作の短編映画「殺人者」を撮った。
卒業制作で撮った短編「ローラーとバイオリン」が、ニューヨーク国際学生映画コンクールで第一位。
30歳のころに撮った初の長編「僕の村は戦場だった」は、ヴェネチア国際映画祭でサン・マルコ金獅子賞を受賞。
40歳のころ、代表作「惑星ソラリス」。キューブリックの「2001年宇宙の旅」と並んでSF映画の双璧をなすと言われるこの映画で、カンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞
51歳の年に、イタリアで撮った「ノスタルジア」でカンヌ国際映画祭監督賞。
52歳の年に、「サクリファイス」の準備中だったイタリアで、「自分はもうソ連にもどらない」と亡命を宣言。
ソ連ではその後、ゴルバチョフによるペレストロイカが進み、ゴルバチョフはタルコフスキーの名誉快復と帰国要請の声明を出したが、タルコフスキーの帰国は実現しなかった。
1986年、「サクリファイス」でカンヌ国際映画祭審査員特別グランプリを受賞し、同年12月、仏国パリで没した。54歳だった。
ほかの映画作品に「アンドレイ・ルブリョフ」「鏡」「ストーカー」などがある。

「僕の村は戦場だった」は衝撃的な映画だった。とくに最後の、心臓によくないラストシーンの強い印象は、忘れられない。

「惑星ソラリス」は、自分はDVDを持っていて何度も観ている。この映画には、東京の首都高速道路が未来都市の道路網として登場して、日本人にとってとくに興味深い。
とにかく長い、悶々とした雰囲気の映画で、なんとも言えない大きな存在感をもって、どっしりとすわって動かない、そういう感じのする作品である。ソラリスという惑星の周回軌道に乗っている宇宙ステーションでなんらかの問題が起き、主人公がその解決のためにロケットで旅立つのだけれど、その旅立つまでが延々と長くて、すごいと思う。ハリウッド映画にはけっしてまねできない、あの重苦しい悠長さこそが、おそらくタルコフスキー作品の真骨頂なのだろう。自分など、観ていてうっとりしてしまう作品で、この映画も、ラストシーンがすばらしい。
「2001年宇宙の旅」「地球に落ちて来た男」と並ぶSF映画の最高傑作のひとつだと思う。

「惑星ソラリス」といい「ノスタルジア」といい、独特の詩情が映画全体に漂う監督だった。映画を観れば「タルコフスキーだ」とピンとくる、個性の強い巨匠だった。
(2015年4月4日)



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