大島渚は、1932年に、京都で生まれた。父親は役人で、水産試験場に勤務していたところから、「渚」と命名されたらしい。
京都大学法学部に入学し、学生時代は、劇団活動のかたわら、京都府学連の委員長として学生運動にも参加した。
22歳のとき、松竹大船撮影所に助監督として入社。
28歳の年には、「青春残酷物語」「太陽の墓場」「日本の夜と霧」と、3本の作品を監督し、吉田喜重、篠田正浩らとともに「松竹ヌーヴェルヴァーグ」の監督して名を馳せた。
これら大島作品は、いずれも社会性が強い、反体制的な作風の映画だったが、とくに「日本の夜と霧」は安保闘争を真正面から扱った政治色の強い映画で、松竹は封切りから4日後に自主的に公開を中止。これに怒った大島渚は、松竹を退社。仲間とともに映画制作会社、創造社を設立し、独立プロダクションの船出となった。
以後、経営的な困難、官憲側との闘争などに苦しみながらも、つねに社会の価値観を揺さぶる刺激的な作品を発表しつづけた。
作品に「天草四郎時貞」「白昼の通り魔」「忍者武芸帳」「日本春歌考」「無理心中日本の夏」「絞死刑」「帰って来たヨッパライ」「愛のコリーダ」「愛の亡霊」「戦場のメリークリスマス」「御法度」などがある。
64歳のとき、「御法度」の制作発表した直後に脳出血で倒れた。治療、リハビリテーションを積んでなお不自由なからだをおして「御法度」を完成させた後、2013年1月、肺炎により没。80歳だった。
世界を見渡しても、大島渚監督ほど個性の強い映画監督はすくない。
作品の一作一作が、体制側に対する闘争宣言であり、観客に突きつけた最後通牒であり、社会正義の訴えだったと思う。
パゾリーニやゴダールよりも、さらにとんがった映画の悪魔、そういう感じがする。
初期の作品の感性のとんがり具合もさることながら、年をとり、いっそう過激になったとんがり具合もすばらしい。
ポルノグラフィーを撮るのなら徹底的にやろうじゃないかと、露骨な性描写を敢行して、いまだに無修正完全版が日本でみられない「愛のコリーダ」や、ビートたけしや坂本龍一といった、後に映画界で世界的に活躍することになる才能を起用したホモセクシュアルの戦争映画「戦場のメリークリスマス」は、とんがった感性の記念碑的作品である。
「日本の夜と霧」の公開中止に怒って松竹を飛びだした大島監督は、独立プロダクションを興したが、映画が興行的に失敗して莫大な借金を負い、つぎの映画制作費を稼ぐために、主婦志望だった妻の小山明子も女優業を続け、監督もテレビに出て、夫婦共稼ぎで苦労しつづけた。そして、大島が倒れてからは、その介護で妻もうつ病になった。自分は大島作品のファンだけれど、それ以上に小山明子ファンである。
大島渚監督の人生は、闘いにつぐ闘いの人生だった。
その後を生きる自分たちは、彼の作品から、何かを感じ、受け継がなくてはならない。
(2015年3月31日)
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