色川武大は、1929年、東京で生まれた。父親は元海軍の軍人だった。
色川は、小学生時代から授業をサボっては映画や演劇に通っていたという不良少年で、中学のとき停学処分を受けたまま終戦を迎え、そのままうやむやになって、結局中学は中退という経歴になった。
闇市の商売や博打打ちなどをした後、24歳のころ、雑誌社の編集者となった。
雑誌社を辞めた後、本名、色川武大の名で書いた『黒い布』で文学雑誌の新人賞を受賞。三島由紀夫に激賞され、文壇にデビュー。
39歳のころ、文章中に麻雀牌の図柄が登場する麻雀小説を書きだし、その後、週刊誌に連載した自伝的小説『麻雀放浪記』が爆発的な人気を呼んだ。
難病のナルコレプシー(眠り病)に生涯つきまとわれながら、麻雀や競輪のギャンブルと執筆を続けた。
色川武大の名で『怪しい来客簿』で泉鏡花文学賞、『離婚』で直木賞、『百』で川端賞などの文学賞を受賞。
1989年4月、心筋梗塞により入院した宮城県の病院で没。60歳だった。
ずっと以前、自分も麻雀(マージャン)をやっていた。九蓮宝燈(ちゅうれんぽうとう)という珍しい手役に、二度振り込んだことがある。若いころの自分にとって、「雀聖」阿佐田哲也は神さまのような存在だった。
色川武大については、生前に親交のあった人の何人かから話を聞いたことがある。ナルコレプシーというのは大変な病気で、すぐとなりで話をしているうちにも寝入ってしまうらしい。色川が眠りだすと、仕方がないので、起きるまで待っているのだ、と、その作家は言っていた。
自分はまた、奥さんが書いた回想記も読んだ。奥さんの本のなかでは、こんな記述が強く印象に残っている。色川が大病をして生死の境をさまよった後、なんとか快復して病院から退院してきた、その日に悪い友だちが連れ立って家に遊びにやってきて、徹夜麻雀になったという。奥さんはその人たちを恨んだと書いていたと思う。ギャンブラーというのは、大変な稼業である。
色川武大は、こう教訓している。
「9勝6敗をねらえ」
これは、相撲の星とりで、15日ある開催場所中、はじめから8勝7敗でぎりぎり勝ち越しをねらうのはさびしいが、逆に、10勝をねらうと、どこかに無理が出る。そこで「9勝6敗」を目指しなさい、ということらしい。
あまり志が低いのも考えものだが、大きく出すぎるのもよくない、という心がけである。
しかし、自分は、人間がまだまだできていないせいか、この教訓を生かせていない。せっかく若く時分に教わったのに、残念なことである。
(20153年3月28日)
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