黒澤明は、1910年に東京で生まれた。4男4女の末っ子で、父親は元軍人の体育教師だった。
中学時代にロシア文学に傾倒した黒澤明は、画家志望だったが、その道を断念し、映画制作会社に入社。助監督をへて、33歳のとき、「姿三四郎」で監督デビュー。以後、「わが青春に悔なし」「素晴らしき日曜日」「醉いどれ天使」「羅生門」「生きる」「七人の侍」「蜘蛛巣城」「隠し砦の三悪人」「椿三十郎」「天国と地獄」「デルス・ウザーラ」「影武者」「夢」など名作を発表。
1998年9月、脳卒中により没。88歳だった。準備していた次回予定作は「雨あがる」だった。
黒澤明は41歳のころ、大好きだったドストエフスキー原作の「白痴」を日本を舞台にして映画化した。しかし、完成版は4時間半近い大作で、映画会社の意向によって2時間近くがカットされ、ぶつ切りになって公開された。するとこれが大不評で、あちこちの映画評でたたきにたたかれ、この映画に関わったスタッフはみな左遷され、黒澤が予定していたつぎの映画の仕事も、ことごとくキャンセルされた。
仕事がなくなった黒澤は、多摩川に釣りに出かけた。川岸に着いて釣り竿を振った。ところが、仕掛けがなにかに引っかかって切れてしまった。ついていないときは、なにをやってもだめだ、と思ったという。
それで、釣りをしないまま家に帰ってきた。すると、「白痴」の前年に公開した「羅生門」がヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞したとの報せが届いて、マスコミが押し寄せ、大騒ぎになっていた。事態は一変した。黒澤には次回作をぜひとのオファーが殺到し、左遷されていたスタッフはみな呼び戻された。黒澤明はこう言っている。
「世の中、ずいぶんはっきりしてやがる、と思ったね」
数ある黒澤映画の名作のなかで、どれが最高傑作かと問うてみると、「生きる」をあげる人もいるし、やっぱり「七人の侍」だと言う人、あるいは「影武者」、いやいやシェークスピア原作の「蜘蛛巣城」だろう、「スター・ウォーズ」の元になった「隠し砦の三悪人」にちがいない……などなど、人によってまちまちである。
自分は「羅生門」が好きで、あの映画のなかで、世界ではじめて太陽にカメラレンズを向けたと言われる有名なシーンがまず美しいし、そしてなにより、森のなかで三船敏郎と森雅之が一対一で殺し合うシーンの緊張感がことばもないほどにすばらしかった。二人だけしかいない場所で、やるかやられるか、延々と戦う、その怖さといったらなかった。
それまでの映画では、「えい、やあ」「やられたぁ」で、かんたんに人を殺していたけれど、人の命をあやめるというのは、ほんとうはそんなものじゃない、ものすごく恐ろしいことなのだ、と黒澤明のリアリズムに教わった。
リアリズム。これこそが、黒澤明が世界映画に衝撃を与えた核心だと思う。
(2015年3月23日)
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