3月6日・ミケランジェロの彫刻 | papirow(ぱぴろう)のブログ

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3月6日は、作家ガルシア・マルケスが生まれた日(1928年)だが、イタリアの天才芸術家ミケランジェロ・ブオナローティの誕生日でもある。

ミケランジェロは、1475年、イタリアに当時あったフィレンツェ共和国で生まれた。代々、小規模な銀行を営んできた家柄だった。
「乳を飲みながら、ノミとツチの使い方を覚え、人物彫刻のこつをつかんだ」
と語ったというほど、彼は小さいときから彫刻が好きだった。
ミケランジェロは、13歳のときに画家に弟子入りし、14歳のときには、すでに一人前の画家と認められていた。
15歳のころ、当時フィレンツェで最大の権力者だったメディチ家が開いたアカデミーに参加。以後、ミケランジェロはメディチ家から庇護を受けたり、注文を受けたりして、メディチ家とは切っても切れない関係となった。
ただし、小国が分立していた当時のイタリアでは、政変がたびたび起き、政権がよくひっくり返った。メディチ家の君臨するフィレンツェも、その例外ではなく、政変が起きて、昨日の王だったメディチ家が今日は追放されるという事態も現実に起き、そんなときはミケランジェロもあわててフィレンツェを出、ヴェネツィアや、ボローニャへ引っ越していくのだった。
そんな風にあちこちと居を移しながら、土地土地の大貴族や教会の枢機卿など実力者から招かれ、注文を受けては、ミケランジェロは彫刻作品を彫り、壁画や天井画を描き、聖堂の建築に励んだ。
25歳のとき、サン・ピエトロ大聖堂の「ピエタ」を完成。
29歳のとき「ダヴィデ像」。
37歳のとき、「システィーナ礼拝堂天井画」。この壁画製作は、組んだ足場に登り、無理な姿勢で上を向き、垂れ落ちてくる絵の具に目を痛めつけられながらの難行苦行だった。
ローマ教皇の霊廟の一部である「モーゼ像」も同じころに完成している。
66歳のころ、ヴァチカンのシスティーナ礼拝堂の祭壇壁画「最後の審判」。
そして、設計、デザインを任されたヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂のドームの建築を指揮している途中の1564年、ミケランジェロは没した。88歳だった。
ミケランジェロの遺体は、遺言にしたがい、フィレンツェへ運ばれ、埋葬された。

ミケランジェロは、たしかこういう意味のことを書き残していた。
「自分は大理石にノミをふるって、作品を作り出すのではない。あらかじめ大理石のなかに、作品が埋もれているのを、ノミで彫り出すだけである」
夏目漱石の短編『夢十夜』の運慶の挿話は、これを拝借して使ったものだろう。

ミケランジェロは、自分の内からわき上がる情熱に突き動かされて、芸術作品の創造に無心に打ち込んだ芸術家だった。服や履物にも、食べ物も頓着なく、ありあわせのものを食べ、作業着のまま寝て、制作をつづけた。ぜいたくな生活や、人付き合いに興味を示さない、孤独を好む、根っからの職人的芸術家だったようだ。
ミケランジェロこそ、人類史上最高の芸術家だと自分は信じている。
(2015年3月6日)


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