芥川龍之介は、1892年に東京で生まれた。辰年、辰の月、辰の日、辰の刻に生まれたところから、龍之介と名付けられた。龍之介が生後8カ月のとき、母親が発狂。これが、芥川の心、そして作品に、特殊な影を落とすことになる。
芥川は早熟で、10歳のころには、泉鏡花や馬琴、近松を読みあさっていたという。
秀才だった彼は、一高、東大へと進み、東大在学中に、「帝国文学」誌上に短編小説『羅生門』を、「新思潮」誌上に短編『鼻』を発表し、夏目漱石に激賞され、新進作家として華々しいスタートをきった。
「人生を銀のピンセットでもてあそんでいる」と言われた知的分析の鋭い文章と、古今和漢洋にわたる博識、そして芸術至上主義的な立場を明確にした作風で、絶大な人気を博し、『戯作三昧』『地獄変』『枯野抄』『藪の中』『大導寺信輔の半生』『点鬼簿』『河童』『歯車』『或阿呆の一生』など、歴史に残る名短編を量産した。
しかし、しだいに心身ともに衰弱しだし、1927年7月、服毒自殺。35歳だった。
学生のころに買った芥川龍之介全集を、自分はずっと大事にもっている。文章のクオリティーは圧倒的に高い、という感じがする。師匠の夏目漱石が指摘した通り「あるレベル以下のものが書けない作家」なので、その作品を読んだ読者に、読んだことを後悔させることがけっしてない「裏切らない作家」だと思う。
自分が生まれてはじめてもらった原稿料は、学生時代に書いた、友人の提出用論文の代筆で、課題は「芥川龍之介論」だった。四百字原稿用紙一枚500円で、4枚書いたと思う。
「好きな作家のことが書ける」と喜び勇んで自分の芥川論を展開した。友人が受けていた講義の内容も聞いた上で書いたが、その講義での説を踏まえつつ、あえてそれに反対する論を展開した。
「教授の怒りを買って、落とされたら、ことだな」
と思っていたが、ちゃんと「優」をくれたそうで、それを聞いてほっとした。
芥川の35歳での自殺は、若い。ほかの若くして自殺した作家と比べても、太宰治が39歳、三島由紀夫が45歳、で、芥川の活動期間がいかに短かったがよくわかる。
芥川の「わが子等に」と題した遺書には、こういう一節がある。
「若(も)しこの人生の戦ひに破れし時には、汝等の父の如く自殺せよ」(『芥川龍之介全集 第十五巻』岩波書店)
ぞくっとする遺言だけれど、実際の芥川は、冷たい人などではまったくなかったようで、奥さんや長男の芥川比呂志、比呂志の妻が書いた文章を読むと、芥川の温かい面、やさしい面がよくわかる。横光利一は、芥川についてこう言っている。
「逢ふと必ず志賀直哉を賞めてゐた人。私は芥川氏の親切な心だけにより逢はなかつた。皮肉には一度も逢はない(「控へ目な感想(三)」『横光利一全集 第十一巻』河出書房)
頭がきれて、なんでもよく知っていて、神経が繊細で、気づかいが細やかで、愛情にあふれ、やさしい。そんな人は長生きできないのだろう。生きづらい世のなかである。
(2015年3月1日)
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