2月23日・宇崎竜童サウンドの新鮮 | papirow(ぱぴろう)のブログ

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2月23日は、作家、倉田百三が生まれた日(1891年)だが、ミュージシャン宇崎竜童の誕生日でもある。ダウン・タウン・ブギウギ・バンドを率い、山口百恵のヒット曲を多く作曲した人である。

宇崎竜童は、1946年、京都で誕生した。引っ越して東京で育った宇崎は、明治大学の法科を出た後、27歳のころ、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドを結成し「スモーキン・ブギ」「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」「カッコマン・ブギ」「裏切者の旅」「涙のシークレット・ラヴ」「沖縄ベイ・ブルース」「サクセス」「身も心も」「欲望の街」など名曲を発表。彼のバンドは一世を風靡した。以後、竜童組のバンドや、あるいはソロとしても演奏活動を続けた。
自身で演奏活動をつづける一方、作曲家としても活躍。作詞家である妻の阿木燿子とコンビを組み、「横須賀ストーリー」「夢先案内人」「イミテイション・ゴールド」「プレイバックPart2」「絶体絶命」「美・サイレント」「しなやかに歌って」「ロックンロール・ウィドウ」「さよならの向う側」など一連の山口百恵のヒット曲をはじめとして、さまざまな歌手に楽曲を提供。1970年代を代表するヒットメイカーとなった。

宇崎竜童は、妻の阿木燿子とは、同じ大学に通っていて知り合った仲で、はじめて見かけたとき、宇崎竜童はピンとくるものがあり、初対面の彼女にこう言ったという。
「あのー、あなたは、ぼくと結婚することになっているんですけど」
彼女はこう返したそうだ。
「そういうことにはなっていないはずですけど」
その後、二人は結婚し、夫婦ともに大活躍し有名人となった。
二人がおしどり夫婦として、山口百恵のヒット曲を量産していたころ、阿木燿子が雑誌のインタビューに答えているのを読んだことがある。当時、彼女は才色兼備の女性として、世間の注目の的だったが、そんな彼女が、いまでも宇崎竜童がハンドルを握るバイクの後ろに乗って、ふたり乗りでツーリングに出かけるというのを聞き、インタビュアーが「危なくないですか?」と心配すると、彼女は笑ってこう答えた。
「のろけるわけじゃないんですけど、彼といっしょなら、いつ死んだっていいんです」
いい女だなあ、と、自分は思った。彼女はその後、映画女優になり、映画監督になった。

自分はダウン・タウン・ブギウギ・バンドのCDをもっていて、いまでもときどき「港のヨーコ~」を聴く。この名曲は、いま聴いてみても、古さをまったく感じない。歌詞がいまなお新鮮で、サウンドがシャープ、演奏が洗練されている。数十年たってなお、新鮮でありつづける、あの曲づくりと演奏のセンスは、いったいなんなのだろう、と思う。
(2015年2月23日)



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