マレーネ・ディートリッヒは、1901年、現在のドイツ、ベルリンで生まれた。本名はマリア・マグダレーネ・ディートリッヒ。父親はプロシア警察の将校で、マレーネが子どものころに没した。彼女には上に姉がいた。学校に通っていたころから、彼女は本名を縮めて「マレーネ・ディートリッヒ」と呼ばれていた。
マレーネは小さいころからピアノとバイオリンを習っていて音楽学校に入ったが、左手首を痛めて進路を変更、演劇の道に進んだ。
マレーネは各地を巡業してまわるレビュー団に入り、公演旅行にあけくれた。このころ彼女は客の人気を得るため、下着をはかずに舞台に立っていた。
20歳のころから、演劇の舞台にも立つようになり、それをたまたま映画監督ジョセフ・フォン・スタンバーグが観に来ていた。スタンバーグは彼女にほれこみ、彼女を自分の映画「嘆きの天使」に抜擢した。映画は大ヒットし、歴史に残る名作となった。
28歳のマレーネはスタンバーグといっしょに米国ハリウッドへ引っ越していき、今度はゲーリー・クーパーとの共演作「モロッコ」をハリウッドで撮った。
そのころ、ドイツではヒトラー率いるナチス党がユダヤ人迫害をおこなっていた。
マレーネはいったんドイツへ帰り、娘のマリアを不穏な母国から米国へと連れだした。ドイツには夫がいたが、彼らはずっと別居して暮らすようになった。ただし離ればなれでも家族であり、連絡はとっていたようだ。
「間諜X27」「上海特急」「鎧なき騎士」「狂恋」「情婦」「ニュールンベルク裁判」「ジャスト・ア・ジゴロ」「マレーネ」。パラマウントの大スター、マレーネ・ディートリッヒは、MGMのグレタ・ガルボと並んで、ハリウッドの二大美神として君臨した。「百万ドルの脚」といわれる脚線美で知られた。
ナチスのヒトラーは、ディートリッヒの大ファンで、彼女に帰国するよう懇願したが、ディートリッヒは大のヒトラー嫌いで、それを断り、第二次大戦がはじまると志願して、母国と敵対する連合軍兵士たちを慰問してまわりだした。ヨーロッパの戦争が終わったとき、ディートリッヒはド・ゴール将軍と、解放されたパリのシャンゼリゼ通りを行進した。
戦後のディートリッヒは、戦時の慰問中に米国政府からかけられた多額の未納税を支払うために、映画に出演したり、舞台で歌を歌ったりした。
74歳のころ、足を骨折したのを機に、ステージから引退。晩年はパリで暮らし、1992年5月、パリで没した。90歳だった。
自分は高校生のころからのディートリッヒ・ファンで「嘆きの天使」「モロッコ」「間諜X27」「上海特急」などおすすめする。いずれもスタンバーグ作品で、映画フィルム自体に、監督の女優に対する愛が焼き付けられているという感じがする。
ディートリッヒは占星術をよくして、会った人を占ってあげたそうだ。彼女は女優としてだけでなく、人間として生きるその姿勢が魅力的だった。世間体やプライドを気にせず、時々に気持ちに正直に人を愛し、人類全体をも愛した、そういう豊かな人だったという気がする。
(2014年12月27日)
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