ヘルマン・ロールシャッハは、1884年、スイスのチューリッヒで生まれた。父親は美術教師で画家で、ヘルマンは3人きょうだいのいちばん上で、下に妹と弟がいた。父親はヘルマンに、絵画やデッサンを通して自分を表現するよう勧め、彼は小学校のころからいつも絵を描き「クレック(Kleck、水などのはねやしみ)」というあだ名で呼ばれていた。
はじめは芸術家志望だったが、進路を変え、20歳のとき、チューリッヒ大学に入り、精神医学を学んだ。
チューリッヒ大学には、当時異端視されていたフロイトを擁護しフロイトにユングを紹介した精神科医オイゲン・ブロイラー教授がいて、ロールシャッハは彼の弟子になった。ロールシャッハはまた同大学でユングの講義も聴き、ロシア語を勉強してロシアを訪ねたりした。精神分析学を学んでいたこのころから、同じインクのしみを見ても、人によって何に見えるかがちがうことに興味を感じ、インクのしみのカードを作っては被験者を使って実験していた。
28歳のとき、論文『反応性幻覚と類似現象』を発表。
29歳の年に大学を卒業し、翌年からスイスのヘーリザウの精神病院に勤務しだした。
37歳になる年に、主著で『精神診断学』を発表。このなかで「ロールシャハテスト」について言及した。しかし、翌年の1922年4月、虫垂炎が悪化し腹膜炎を起こし、ロールシャッハはヘリザウで没した。37歳の若さだった。
彼の死後、アルフレッド・ビネー、ジョン・E・エクスナーなど仏米の学者がロールシャハの方法を発展、整理して、ロールシャッハテストの方法論が確率された。
ロールシャハテストは、左右対称のインクのしみからできた絵が描かれた10枚のカードを被験者に見せて、それが何に見えるか、どうしてそのように見えるのか、などを尋ね、その反応の数、時間、拒絶などの様子をチェックし、結果をいったん記号化して分析し、被験者の精神状態を解釈していくものである。性格分析より、むしろ精神面の病理をつきとめる方法のひとつである。
ロールシャハテストは、けっこう多くの人が常識的に知っているかもしれない。自分も高校生のころからその名前は聞いていて、ちゃんとした分析は受けたことはないけれど、ときどき心理学の本を読むたびにぶつかって、興味深く感じていた。
いわく、この世は大きなロールシャハテストである。だって、同じ世界なのに、見る人によって、ぜんぜんちがって見えているみたいだ。イスラム教原理主義者の目に見えている世界と、キリスト教原理主義者が見るそれとは、天と地ほどにちがう。海に浮かんだ同じ島を見ても、中国の人と日本人とでは、ぜんぜんちがう風に見えるみたいだ。もちろん自然世界に罪はない。とすれば、人間が病気なのだろう。みんな、精神が病んでいるのである。
(2014年11月8日)
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