9月28日・マルチェロ・マストロヤンニの口笛 | papirow(ぱぴろう)のブログ

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9月28日は、仏作家プロスペル・メリメが生まれた日(1803年)だが、映画俳優マルチェロ・マストロヤンニの誕生日でもある。イタリア史上最高の俳優だと思う。

マルチェロ・ヴィンチェンツォ・ドメニコ・マストロヤンニ1924年、イタリア北部のフォンターナ・リーリで生まれた。父親は家具職人だった。マルチェロはローマ、トリノなどで育ち、第二次世界大戦のときには兵役につき、イタリア敗戦の後は、ドイツ軍の捕虜収容所に入ったこともあった。
戦後、すぐに演劇の世界に飛び込み、イタリア映画界の巨匠、ルキノ・ヴィスコンティ監督に認められ、23歳のとき「レ・ミゼラブル」で映画デビュー。以後、フェリーニ監督の「甘い生活」「8 1/2」「女の都」などに主演し、イタリア映画のみならず、世界映画の顔となった。
私生活では結婚して妻子があったのとはべつに、アニタ・エクバーグ、ソフィア・ローレン、フェイ・ダナウェイ、カトリーヌ・ドヌーヴなど多くの女優と恋愛関係をもち、ドヌーヴとのあいだにもうけた娘は女優になった。
すい臓ガンにかかったマストロヤンニは、映画「百一夜」で久々にドヌーヴと共演した後、1996年12月、フランスのパリにある自宅で没した。72歳だった。葬儀はローマの教会で国葬扱いでおこなわれた。

子どものころ、自分はテレビでマカロニ・ウエスタン(イタリア製の西部劇映画)を見るのが大好きで、そのころの自分にとってイタリアの映画スターといえば、ジュリアーノ・ジェンマだった。元体操選手ならではのアルロバティックなアクションを交えた銃撃戦のシーンが彼の見せ場だった。。
でも、聞くところによると、本国イタリアではあのかっこいいジェンマが人気投票ではどうしても1番になれないでいるという。ジェンマの上に、不動の1位として君臨していたイタリア人男優、それがマルチェロ・マストロヤンニだった。
そのころは、マストロヤンニ見たことがなかったので、どんなにかっこいい人かしらと想像をめぐらせていたところ、日本の男性用化粧品のコマーシャルに登場し、はじめてテレビで見た。スーツ姿のふつうの中年男性で、子ども心に、どうしてこの野暮ったいおじさんが、あの若々しく颯爽としたジェンマより人気があるのかしらと不思議だった。
それから成長して、自分は「甘い生活」「8 1/2」などのフェリーニ作品や、ソフィア・ローレンと共演した「昨日・今日・明日」「ひまわり」、カトリーヌ・ドヌーヴと共演した「ひきしお」「モン・パリ」などを観た。それで、マストロヤンニがいかにすばらしい映画に出演し、いかにすばらしい演技をしてきた名優であるかがよくわかった。米国ハリウッドのアカデミー賞の授賞式に彼が登場したとき、会場全員がスタンディング・オベイションで迎えたのももっともだと思った。ヨーロッパ人ならではの色気を放つ男性で、ドヌーヴが惚れるのも、もっともだと納得した。「百一夜」でのドヌーヴとの共演シーンはただただ感動だった。

名作「8 1/2」でマストロヤンニは、映画監督の役を演じた。撮影中の映画が期限、予算ともにオーバーし、しかも構想がいまだにまとまらず、プロデューサーからは矢のような催促とクレーム。さらに、私生活では妻と愛人がいて目茶苦茶。そんな八方塞がりの状況のなかでも、映画監督マストロヤンニは、ホテルを歩くとき、軽やかに口笛を吹きながら、靴の爪先をくねらせて遊びながら歩く。あの自由の感覚はすばらしいと思った。自分は苦境にあるときなど、あのシーンのマストロヤンニのまねをしてみることにしている。
(2014年9月28日)




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