白井喬二は、1889年、横浜で生まれた。本名は井上義道といい、父親は元鳥取・池田藩の武士で、市役所に勤務する役人だった。義道は長男だった。
父親の転勤のため、転校の多い少年時代を送った義道は、大学では政経科に進んだ。
31歳のとき、小説『怪建築家十二段返し』でデビュー。以後、『新撰組』『盤岳(ばんがく)の一生』など、歴史・時代小説を量産し、『大菩薩峠』書いた中里介山らとともに、大衆文学という新ジャンルのパイオニアとなった。大長編『富士に立つ影』はベストセラーとなり、時代小説の大御所として君臨した。
1980年11月に没した。91歳だった。
「この世でいちばんおもしろい小説はなか?」
ということをときどき考える。
『源氏物語』『モンテ・クリスト伯』『パルムの僧院』『レ・ミゼラブル』『戦争と平和』『カラマーゾフの兄弟』『風流線』とか、いろいろな作品の名前が頭に浮かんでくる。
なぜ、そんなことを考えるかというと、せっかく生きているのだから、もしもそんなにおもしろい小説があるのなら、生きているうちに読んでおこうと思うからだ。(死んだ後では、おそらく読書はできまいと思っているわけです)
そうした「いちばんおもしろい小説」の候補に入ってくるのが、白井喬二の『富士に立つ影』で、自分はまだ読んでいなくて、いつか読みたいと思っている話である。
たしか、『レイテ戦記』を書いた大岡昇平などスタンダリアンとして有名だけれど、この『富士に立つ影』を愛読していて、枕元にいつも置いていたとどこかで読んだ記憶がある。小説家の小林信彦も絶賛していて、こう書いている。
「三十年ぶりに『富士に立つ影』を読みかえし、読書のしあわせを味わった。こういう時は、もう、なにも言いたくない。『富士に立つ影』のファンの人と、しみじみ語り合いたいと願うだけだ。」(小林信彦『小説世界のロビンソン』新潮文庫)
問題の『富士に立つ影』は、江戸時代の文化文政年間から維新後の明治時代までの長い時代にわたる物語で、富士山のすそ野に築く城をめぐる、築城家の対決と愛憎の物語である。
文庫で全10巻の長さだけれど、読んだ人はみな、いったんページをめくりはじめたら、もう巻をおくあたわざるおもしろさで一気に読んでしまうと口をそろえる。主人公の光太郎が、底抜けに愉快な男らしく、
「これにくらべれば、漱石の『坊っちゃん』でさえ、まだ思慮深いほど」(小林信彦、同前)
こう聞くと、読んでみたいなあ、という気持ちがまたむくむくと起こってきません?
(2014年9月1日)
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